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ワケありオヤジの独り言

   安室奈美恵とその時代を少し思い出してみた

2018/09/16
  • カテゴリー+タグ:日記 安室奈美恵 ロック
  • 本日の日付は2018年9月16日です。
    もうこの記事がアップされているころには、平成の歌姫・安室奈美恵さんの芸能生活もあと数時間といったところでしょうか。
    あるいは時間差でこの記事を読まれている方にとっては、もう安室奈美恵さんが引退されているころかもしれません。
    私はとくに彼女のファンというわけではありませんが、それでも彼女が私たちに与えたインパクトというのは強烈なものがりました。

    彼女の全盛期と言えば、1994年から結婚されるまでの1998年でしょうか。
    …とまあ、全盛期などという言い方をすると、まるで彼女が一発屋みたいな感じもしないでもないですが、やはりいちばん勢いがあった90年代の破壊力に比べると、最近の彼女の活躍はやや落ち着いてきたといった感じです。
    もちろん21世紀に入ってからは、ナンバーワンの座こそ明け渡したものの、それでも芸能界では常に上位の座を安定的にキープしておられます。
    アムラー」なる言葉が、もはやとっくの昔に死語になったにもかかわらず、その生みの親である安室奈美恵さんの引退がここまで惜しまれるのが、何より象徴的です。

    さて、そんな彼女の全盛期のころと言えば、私はどんな音楽を聞いていて、どんな生活を送っていただろう、と、この2、3日だけは、少し思い起こさせる機会が多くなっているような気がします。
    1994年から1998年、そのころ私は、ほぼハードロックやヘヴィメタルを専門に聞いていたころです。
    そのころは、メタリカがアルバム『メタリカ(ブラック・アルバム)』以来5年ぶりとなる『ロード』を発表、長いあいだ沈黙を守っていたボストンが『サード・ステージ』以来のアルバムを発表、ヴァン・ヘイレンがアルバム『バランス』を発表、このアルバムがサミー・ヘイガ―在籍最後のアルバムとなる、ロバート・プラントジミー・ペイジペイジ・プランとなるプロジェクトを始動して「レッド・ツェッペリンの再結成だ!」と話題になる。
    そしてなんといっても、ジャーニースティーブ・ペリーを含むオリジナルメンバーで13年ぶりに復活。
    など、当時のことを思い出してしまいます。
    たしか「カート・コバーン死去」というショッキングな出来事もこの頃だったと思います。

    世間に目をやると、阪神淡路大震災地下鉄サリン事件などもそのころで、あと「ジョホールバルの歓喜」で日本が初めてサッカー・ワールド・カップ出場を決めたのもそのころです。
    サッカー関係で言うなら、96年アトランタ・オリンピックの「マイアミの奇跡」なんてのもありましたね。

    安室さんのファンでもない私が、彼女一人でこれほどまでに過去のことを思い出させるなんて、本当に彼女が持つ地のパワーって凄いものがあるなと、改めて思いました。

    ちなみに私自身の私生活ですが、そのころ(だけではありませんが)の私はあまりいい思い出がないので、それに関してはちょっと省略させていただきます。

    ↓ここ2~3日は、この曲のサビの部分が頭の中を駆け巡ります。

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       【映画レビュー】市民ケーン(1941年:アメリカ)

    2018/09/15
  • カテゴリー+タグ:映画レビュー オーソン・ウェルズ 実話 社会派映画
  • 市民ケーン [DVD]

    ちょっと立て続けにオーソン・ウェルズの作品になってしまいますが、これは『第三の男』とともに2枚組で収録されていたものをレンタルしてしまったため、そうなってしまいました。

    <<『市民ケーン』のあらすじ>>

    ある日、ひっそりとした大邸宅で新聞王のケーンは「ばらのつぼみ」とつぶやきその生涯を終えた。彼の生涯をまとめた記録映画のプロデューサーのロールストンは作品の試写を見て、どこか物足りない思いでいた。「もっとケーンという人物に深く切り込んだ内容にしたい。彼は一体どんな男だったのか?」。ケーンというほかに類を見ない人物の謎を解くヒントが、彼の遺した言葉「ばらのつぼみ」にあると確信をしたロールストンは、記者のトンプソンにその秘密を解くように指示を下す。トンプソンは、ケーンと近い関係にあった人々を訪ねていくのだが・・・。


    引用元:Amazon|市民ケーン


    新聞王として絶対的な権力と莫大な富を手に入れたチャールズ・ケーンですが、それと引き換えに、彼はいつも孤独。
    というように、ストーリー自体はオーソドックスな伝記映画といったところです。
    しかし、オーソン・ウェルズの鬼気迫る演出と、後に数多くの映画に多大なる影響を与えて映像技術だけで、その評価は100倍ぐらい跳ね上がっているのではないかと思えるほどです。
    特に後半になるにつれ、ケーンの抱えている心の闇が暴発していくところなどは、本当に身震いがするほどゾクゾクしました。
    オーソン・ウェルズは、この映画を25歳の時に作り、そしてこの役を演じていたというのですから、、おそるべしです。
    しかし当時絶賛されて撮影技法については『第三の男』でも書かせていただきましたが、同年代の映画をほとんど見ていないので、比較対象がわからない。
    比較対象がわからないから、どこがすごいのかがわからない、といったところでしょうか。
    やっぱり映画というのは、色々な時代の映画を見ないと、その良さがわからない場合があるんですね。

    ところで余談ではありますが、この映画の重要なキーワードである「ローズ・バット(バラのつぼみ)」は、原田マハさんの小説『キネマの神様』で、物語をかき回す謎の重要人物の名前として、そのキーワードが使用されています。
    こちらもなかなか面白いので、興味がある方は是非読んでみてください。


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       不思議なワンちゃん

    2018/09/14
  • カテゴリー+タグ:日記 奇跡体験アンビリバボー バラエティ
  • 時折、ブログの足跡画面を見ているのですけれど、やはりペットのワンちゃんを話題にされている方も少なくありません。
    私も犬と言えば、画像や写真などでは癒されたりはするのですが、実際の実物に関してはちょっと苦手です。
    原因ははっきりしていて、幼い頃、近所の犬に手を咬まれたことにあると思います。

    さて今回は、そんなワンちゃんの中で、テレビで見かけたちょっと忘れられないワンちゃんの話題をお届けしようと思います。
    それはたしか2010年頃だったでしょうか、『奇跡体験アンビリーバボー』で、人間の言葉を理解する犬というのが紹介されました。
    その時の番組MCは所ジョージさんで、アシスタントはまだ元気だった小林麻央さんでした。
    その犬が人間の言葉を理解しているということが、どうやってわかるのかといえば、例えば飼い主がその犬に今やりたいことを尋ねるととき、
    「右手が昼寝、左手がお散歩」
    と言った具合に両手をその犬に差し出します。
    そしたらその犬は、自分がやりたい方の飼い主の手に「お手」をします。
    例えば、昼寝がしたかったら飼い主の右手にお手を、散歩がしたかった飼い主の左手にお手を、と言った具合にです。
    ちなみにそのワンちゃんはかなりおませだったみたいで、「エビちゃん」ことモデルの海老原友里さんのことが大好きでした。
    「右手がエビちゃん、左手がもえちゃん(押切もえ)、どっちが好き」
    と飼い主がそのワンちゃんに尋ねると、そのワンちゃんはきっちりと右手にお手をしていました。
    そのワンちゃんが『アンビリーバボー』のスタジオに遊びに来たときには、エビちゃんがサプライズで登場。
    ワンちゃんは、しっぽをフリフリしながら大喜びしていました。

    さて、私がそのワンちゃんに驚かされたのは、実はその後だったんです。
    その回のガヤゲストとして、漫才のU字工事が出演していました
    彼らは、そのワンちゃんのコーナーの前の別のコーナーでも、よくMCの所ジョージさんから話を振られ
    「どうですか、球児・好児さん」
    と、わざと間違うといういじられ方をしていました。
    するとU字工事は
    「ゲロゲーロ(球児・好児のギャグ)って、違う!」
    と、すかさず突っ込む。
    U字工事は、そういうイジられ方を何度かされていました。
    ちなみに球児・好児とは、昭和世代の人気漫才コンビです。

    さて、番組のプログラムが進んで、例のワンちゃんのコーナーがやってきました。
    エビちゃんとの感激の対面をはたしたあと、飼い主はそのワンちゃんに
    「この漫才師のコンビ名は? 右手がU字工事、左手が球児・好児、どっち?」
    と質問。
    すると、そのワンちゃんはこともあろうに、左手である球児・好児の方にお手をしたのです。
    さすがのU字工事も、「おい」とツッコミを入れます。
    それに会場から笑い声が聞こえる。

    飼い主である人間が問題を出して、ペットの犬が回答を出すというのは、ある程度、訓練をすればできるものです。
    単純な足し算引き算をする犬というのも、おそらくその類でしょう。
    しかし、このワンちゃんは違います。
    その場の空気を読んで、ワザと間違えたのです。
    そして笑いをとったのです。
    こういう三流のお笑い芸人ですらマネのできない臨機応変な対応ができるとなると、もはやこのワンちゃんには人間の魂が宿っているのではないか、と勘繰りたくなります。
    もしそんなことが本当にあるのなら、私はそのワンちゃんと直接会って、膝を交えて話がしたいです。
    そしたら、私が幼い頃に受けた犬のトラウマも払しょくできるかもしれません。

    ↓とりあえずワンちゃんということで。

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