ワケありオヤジの独り言

   のび太少年の未来は明るい? それとも絶望的?

  • カテゴリー+タグ:日記 ドラえもん アニメ 教育
  • 先日、林公一・木全公彦さんの著書『大人になったのび太少年』(宝島文庫)を久しぶりに読みました。
    内容はというと、『ドラえもん』のび太少年を始め、『鉄人28号』正太郎、『ひみつのアッコちゃん』『まことちゃん』など、漫画の世界で主人公だった子供たちが大人になったらどうなるか? という内容です。
    この本の著者のひとりである林公一さんは精神科医であるため、原作で描かれている少年主人公の言動から、そのキャラクターを読み解き、精神科医らしい解析から、「きっとこの子たちは大人になったらこうなるだろう」と推測されています。
    ただ、どういうわけか、その主人公たちの行く末は、あまり良いものになるとは分析されていないようです。
    例えば、著書のタイトルとなっているのび太少年の場合は、要約すると以下の通り。

    【パターン1】
    ドラえもんが帰った後もその刺激が忘れられないのび太少年は、大人になってついには自分で「ひみつ道具」を作ってしまい、ベンチャー企業の旗手、第2のビル・ゲイツとなる。

    【パターン2】
    ドラえもんが帰った後も、その依存心が抜けきれず社会人になっても使い物にならないダメ人間。


    【パターン3】
    ドラえもんが帰ったあと、パソコンがドラえもんの代用品。
    一日中、ネットとパソコンの中の2次元少女に恋する30歳過ぎの童貞オタク。


    とあまぁ、一番最初以外はロクな人生を歩んでおりません。
    ただ、こののび太少年に限っていうなら、少し気になることがあります。
    それは、この本の著者は、のび太があやとりと射撃の名人だということには一切触れていないことです。
    私にはどうしてもこの2つの事実も、決して侮れない事実なんじゃないかと思ってしまうわけです。
    あやとりに関しては、それで培った手先の器用さを生かしてモノづくりの分野で大活躍する、というのは「ひみつ道具をつくってしまう」というのに通ずるものがあります。
    では、射撃の名人は?
    私などは、のび太少年は後にオリンピックに出場し、射撃競技で金メダルを取る、なんてことも可能なんじゃないかと思ってしまいます。
    あの、どうしようもないのび太少年が、自らひみつ道具を作って大儲けする、という劇的な変化が可能なら、オリンピックで金メダルも可能なんじゃないかというわけです。
    この著書ののモデリングとなったマンガの主人公の行く末は、あまり芳しいものとはいえませんが、もしかしたらそれは現代の教育の在り方と密接な関係があるのかなと思ったりもします。
    例えば、子供たちの短所を直すことに徹底する教育か、それとも長所を徹底的に伸ばす教育かで、その後の子供たちの未来も大きく変わる場合もありますからね。
    果たして、現代の日本の教育はどっちがメインなんだろう?
    もしかしたら、日本の教育そのものが前者がメインであるがために、のび太君の射撃の才能が埋もれてしまうのかな?
    などと、色々と考えさせられました。

    ところで『ドラえもん』といえば、妻夫木聡やジャン・レノらによって実写化されたCMがありましたが、そこで出木杉君を演じていたのは、体操の内村航平選手でした。
    時期はちょうどロンドン五輪直前。
    そのCMではオリンピックにいつの間にか出場していた出木杉君に、のび太らが驚くというシーンがありました。
    しかし、のび太君が射撃の名手だったということを考慮すれば、彼だってオリンピックに出場したっておかしくないわけです。
    そこで私は、こんなことを想像してみました。
    ロンドンオリンピックの特設スタジオに、金メダルを肩からぶら下げた出木杉(内村航平)選手と野比(妻夫木聡)がやってくる。
    特設スタジオのメインパーソナリティーの中居君は2人にこんな質問を。
    「何でもお二人は、小学校の同級生だったんですってね」
    その質問に、出木杉選手と野比選手はお互いの顔を見合わせて照れ笑い。
    そして実は小学校時代、2人は同じ女の子が好きだった、という事実に、中居君がものすごく食らいつきそうです。


    >>コメント(0)

       【映画レビュー】ブローク・バックマウンテン(2005年:アメリカ)

  • カテゴリー+タグ:映画レビュー 映画 ラブ・ストーリー 同性愛
  • ブロークバック・マウンテン [DVD]

    何の予備知識もなく、ただただ勢いで借りてきてしまったら、その内容にびっくり仰天してしまった作品です。
    これは最近よく耳にするBLものの作品だったようです。


    <<『ブローク・バックマウンテン』のあらすじ>>

    1963年夏、ワイオミング州のブロークバック・マウンテンの山中で羊の放牧を行う季節労働者として、牧場手伝いのイニスとロデオ乗りのジャックが雇われた。2人は過酷な労働を通して友情を深めていったが、ある夜、ジャックがイニスに誘いをかけ、2人は一線を越えてしまう。

    労働契約の終了後、2人ははっきりと再会の約束をしないまま別れ、その年の秋にイニスは婚約者のアルマと結婚し、やがて2人の娘の父親になる。一方、ジャックは再会を期待して翌年もブロークバック・マウンテンでの仕事を求めるが、仕事を断られた上にイニスが来ていないことを知る。失意のジャックはテキサスに流れ着き、そこでロデオ・クイーンのラリーンと結婚。彼女の父親の会社で働くようになった。

    4年後、ジャックがイニスの元を訪ね、2人は再会するが、アパートの陰で情熱的なキスを交わす様子をアルマに目撃されていた。


    引用元:Wikipedia|ブローク・バックマウンテン



    はっきり言ってこの映画、良い意味でも悪い意味でも、何だか余韻が残ってしまう映画です。
    同性愛をテーマにした映画といえば、トム・ハンクスの『フィラデルフィア』なら見たことがありますが、この映画はそれとはまったく違うタイプの映画です。
    露骨なまでに表現された男性同士のラブシーンなんて、生れて初めてといってぐらい初めて見てしまって、正直ドン引きです。
    それでいて「演じている役者さんも大変だなぁ」なんて変に同情したりしました。
    ちなみにこの映画は休日の昼食後に見ました。
    ちょうどその夜、BSでやっていたW杯のイングランドvsクロアチア戦の録画試合を見たのですが、そしたらゴールを決めた選手たちが抱き合って喜んでいる姿を見て、何だか変な気分になってしまいました。
    おそらく昼間に見たこの映画の記憶が、いろんな意味で鮮明に残っていたんでしょうね。
    『ブローク・バックマウンテン』おそるべしです。

    その一方で、監督のアン・リーが、「これは普遍的なラブストーリー」とコメントしていましたが、それもなんだかわからないでもないです。
    禁断の恋、許されぬ恋の物語を描くとするなれば、不倫、歳の差恋愛、異人種恋愛などとは違って、同性愛というのは成就する確率が絶対的に低い恋愛です。
    それだけに、許されぬ恋の切なさが切々と伝わるものがありました。
    そういった意味では、良い意味で余韻を残すものもありました。
    ただ、もう一度見たいかと訊かれたら、「う~ん…」
    ですね。
    この手の映画は、かなり好みが分かれそうです。

    ところで、この映画ではイニスとジャックが熱烈なキスを交わしているところをイニスの妻に目撃されるというシーンがありますが、これを見たとき、私は知人から聞かされたデビッド・ボウィとミック・ジャガーのエピソードを思い出しました。
    どういうことかというと…、そういうことです。
    デビッド・ボウィ(ミック・ジャガーだったか)の奥さんが部屋に入ってきたら、この2人が色々とやっていたらしいです。
    ただ、知人から聞いた話なので、本当のことかどうかはわからないですが。



    >>コメント(0)

       【映画レビュー】グッドナイト&グッドラック(2005年:アメリカ)

  • カテゴリー+タグ:映画レビュー 映画 社会派
  • グッドナイト&グッドラック 豪華版 [DVD]

    <<『グッドナイト&グッドラック』あらすじ>>

    1950年代の冷戦下のアメリカ。ジョセフ・マッカーシー上院議員が中心になって推し進める赤狩り(「マッカーシズム」)が吹き荒れるなか、法的な手続きを無視して「共産主義者」の排除を推し進めようとするだけでなく、自分の意にそぐわないものを「共産主義者」と決めつけ攻撃するマッカーシーの手法に対して疑問をもつ良識的なアメリカ人も多かったが、誰もが自分自身が標的にされることを恐れ、マッカーシーの手法を表面だって批判する者はいなかった。

    しかしそのような風潮の中で、エドワード・R・マローとそのスタッフ達は、マロー自らがホストを務める「See it Now」の番組中で、ミシガン州空軍予備役のマイロ・ラドゥロヴィッチ中尉が、「父親と妹が共産主義者だという内部告発があった」というだけの理由で、空軍からの除隊勧告を受けたことに対し異議を申し立てる…。


    引用元:Wikipedia|グッドナイト&グッドラック


    2005年に公開されたこの映画は全編がモノクロで、1950年代当時の出演者や映像が作品の中でリンクする、という大変に凝った演出となっておりました。
    そのため、この作品は、どこかドキュメンタリーじみた臨場感が漂う映画となっております。
    しかも、BGMが当時流行していたジャズのナンバーを巧みに挿入している当たりが、にくい演出です。
    そして何と言ってもジョージ・クルーニー。
    キャスターに扮した彼は、随時、カメラ目線で視聴者に訴えかけるシーンは、派手な動きがなくても迫力十分。
    この映画の最大の見どころとっていいでしょう。
    そしてそんな最大の見どころを、これまた最大限に引き出してくれているのが、ジョージ・クルーニーの吹き替えを担当されている小林清志さん。
    そう、『ルパン三世』のいぶし銀・次元大介の人です。
    小林さんは声優の他に、CMやドキュメンタリー番組などのナレーションも担当されていて、そのせいでしょうか、クルーニーのスピーチのシーンやニュース原稿を読み上げるシーンなどは、非常に臨場感がありました。
    あの説得力ある小林節は、聞くものをぐいぐいと惹きつけて、これが映画やドラマであることを忘れてしまうほどでした。
    そしてその説得力を裏付けるかのような、番組スタッフやテレビ会社会長との緊迫したやりとり、情報源の収拾。
    社会はドラマとしての緊迫感と説得力は、もう十分に伝わってくる作品でした。


    ↓こんなCMもこの人がやると…



    >>コメント(0)