ワケありオヤジの独り言

   時代は変わった。82年からJリーグまで

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  • 最近、日記のカテゴリーでは少々サッカーネタづいていますが、もうしばらくおつき合いを。
    我が国でサッカーというスポーツが、ある種の市民権を得たのはおそらく1992~1993年あたりからでしょうか。
    1993年といえばJリーグが開幕した年で、その前年にはナビスコ杯が開催されています。
    そのころはといえば、もうそれこそ猫も杓子もサッカー一色の時期でした。
    とくに若い女の子を中心に、サッカー人気は高まっていきます。
    ちなみに本場の欧米では、サッカーというのは男性が見るものと相場が決まっていたそうです。
    いわゆる日本でいえば、ビール片手にプロ野球中継に熱中するサラリーマン、といったところでしょうか。
    今大会のワールドカップなんかを見ていますと、熱狂的な応援の声は、ドスの効いた男性声がほとんどです。
    ところが93年のJリーグブームでは、試合会場では、まるでジャニーズ運動会であるかのような黄色い声援が飛んでいました。
    82年、86年、90年のワールドカップの記憶が、まだまだ生々しく残っている私としては、その黄色い声援が、何だかとても不思議な感じでした。

    さて、先述したとおり、私が初めて見たワールドカップは82年のスペイン大会です。
    ちょうどそのころ、(あまり言いたくないのですが)私は中学生でした。
    そしてそのころの体育の授業では男子は運動場でサッカーを、女子は体育館でバスケットボールを習っていました。
    そんなある日の体育の時間、運動場が雨で使えず、体育館も他の学年が使っているため使用できない、というときがありました。
    そんなとき私たちのクラスは視聴覚室で、サッカー・ワールド・カップ・スペイン大会のハイライト集を鑑賞することとなりました。
    ちなみにそのハイライト集は、NHKで放映されたものの録画です。
    皆さんのご想像では、その時はさぞや盛り上がっただろうと思われがちですが、まったくそんなことはありません。
    それどころか、こともあろうに、当時の女子生徒たちは、そのハイライト集を見てゲラゲラと笑い飛ばしていました。
    先ほども言いました通り、サッカーというスポーツが日本で市民権を得たのは、ここ25年程前です。
    82年の女子生徒たちにとっては、そのサッカーというスポーツは、たまに部活で見るぐらいで、本場の欧米のサッカーて見たことがなかったでしょう。
    そのため、選手たちがゴールを決めて大喜びするシーンや、PK戦で祈りをささげている選手たち、試合に負けて泣き崩れている選手の姿というのは、当時の女子生徒たちにとって笑いのポイントでした。
    それもそのはず、当時の彼女たちには、自分の感情を大袈裟に表現する外国人の姿というのは、さぞや滑稽に見えたのです。
    ところが今はどうでしょう。
    選手たちと一緒に喜び、一緒に祈り、一緒に悲しむ女の子たちの姿というのは、もはや当たり前になってしまいました。
    しかも、そんな女の子たちの姿が当たり前になったのは、あのスペイン大会のハイライトを見たときから数えて、ほんの10年後のことです。
    時代は変わったなぁ…。
    Jリーグの試合会場で黄色い声援が飛び交う中、その黄色い声援に違和感を感じる一方で、なんだか感慨深いものを感じているのでありました。


    ↓82年と93年のヒット曲です。



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