FC2ブログ

レッド・ツェッペリンのドラムパートを完コピする8歳の少女が凄すぎる

世の中はまさに『ボヘミアン・ラプソディ』一色になっていますが、そんな中、「レッド・ツェッペリンも忘れるなよ」と言わんばかりの(本当にそう言っていたかどうかは知りませんが)スーパーなドラム少女の登場です。
動画の説明は英語表記だったのですが、どうやらこの女の子、8歳だということです。
8歳の女の子がレッド・ツェッペリンて…。
彼女のお父さん世代ところか、おじいさん世代の音楽ですよ。
もしかして彼女、お爺ちゃん子だったのかな?

…なんて疑問も吹っ飛んでしまうほどの、超絶演奏です。
どうぞご覧あれ。



曲名:グッド・タイム・バッド・タイム/レッド・ツェッペリン

スポンサーサイト

tag : ロック 動画 レッド・ツェッペリン

2018-11-30 20:02 : 音楽 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】ビッグ(1988年:アメリカ)


監督  ペニー・マーシャル
脚本  ゲイリー・ロス
    アン・スピルバーグ
出演  トム・ハンクス
    エリザベス・パーキンス

<<<『ビッグ』のあらすじ>>>

カーニヴァルの夜、望みをかなえる魔王のボックスにコインを入れた主人公が、翌朝目覚めると少年からオトナに成長していた。親友の協力によって玩具メーカーに就職した主人公だったが、持ち前の自由な発想が社長に認められめきめき昇格していく……。


引用元:Yahoo!映画|ビッグ

13歳の男の子が、朝起きたら突然30歳の大人の体になっていた。
13と30は英語に訳すとたしかに発音が似ています。
まあ、それはともかく、発想そのものは今まであったようでなかった、コロンブスの卵的発想でした。
ただ掘り下げてほしかったところは掘り下げないで、深入りしなくていいところで深入りしている、そんな気がした。
例えば、主人公のジョシュが背の低さにコンプレックスを持っていたのはわかるけど、そのコンプレックスを強調する場面がいまひとつ希薄。
ジェットコースターに乗りたいから大きくなりたいというもの、まあ、子供っぽいと言えば子供っぽい願いかも
さらにジョシュは、その子供の感性を生かして会社で成功を治めていくようですが、その部分の掘り下げもいまひとつ。
友達と遊んでるだけで、本当に仕事をしているのか、とツッコミも入れたくなる。
かと思えば、同僚のキャリアウーマンとオフィスラブにまで陥って、セックスまでしちゃうって、おいおい13歳の子供が…。
露骨な性描写はなかったものの、さすがにこれはいただけない。
そういうラブストーリーの要素も含まれていた影響もあって、この映画は好評だったようですが、それもこれも、主人公の少年の姿かたちが30歳の大人だったから。
でも私などは、やっぱり主人公を13歳の少年の姿かたちをイメージしながら見てしまいます。
その少年が、30歳のキャリアウーマンと恋に落ちて、濃厚なキスをしてエッチまでして終始イチャイチャって、これ、見ようによっては倫理上問題ありですよ。
よくもまあR15指定にならなかったなと感心する次第です。

今回はちょっと辛口で書いてしました。
一般的にはこの作品、トム・ハンクスの出世作としてかなり好評だったようですが、やはりそれもこれも、「子供がいきなり大人のカラダに…」という発想のユニークさゆえでしょうか。
ただ、やはりなんだかんだ言いながらも、容姿は変わっても中身は13歳の子供。
それも微妙な年頃。
見る側によっては、その主人公を13歳の子供のイメージで見てしまう人もいるということを忘れてほしくなかったですね。

tag : コメディ映画 ファンタジー トム・ハンクス

2018-11-29 19:51 : 映画レビュー : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】時計じかけのオレンジ(1971年:アメリカ)


原作     アンソニー・バージェス
監督・脚本  スタンリー・キューブリック
出演     マルコム・マクダウェル
       パトリック・マギー 他

<<<『時計じかけのオレンジ』のあらすじ>>>

近未来のロンドン。ライバルの非行グループとケンカに明け暮れたり、ホームレスを袋叩きにしたり、不良の限りを尽くす15歳の少年アレックス。やがて仲間の裏切りによって警察に逮捕され、懲役14年の刑に処されてしまう。

強制的に目を見開かされたまま残虐な映像を見せられる「ルドヴィコ療法」によって、一切の暴力行為に生理的拒絶反応を引き起こすようになったアレックスは、“真人間”として出所し、自宅に戻る。

しかし両親からは冷たくあしらわれ、昔の仲間からはリンチを受ける始末。満身創痍の彼は、やがて一軒の家に救いを求めるが、そこはかつて自分が襲った作家の自宅だった……。


引用元:FILMAGA|【ネタバレ解説】映画『時計じかけのオレンジ』タイトルの意味とラストシーンを徹底考察




ベートーベンの音楽は「暴力的なまでに正しい!」のだ。いや、あまりにも「正しい」から「暴力」まで誘発するのだ。


引用元:Amazon|クラシック道場入門

これは、評論家の玉木正之さんが引用元の著書で語られていた言葉です。
この映画では、終始ベートーベンの音楽がBGMとして用いられていますが、暴力と麻薬とセックス(レイプ)を愛する主人公だからこそ、ベートーベンの音楽が理解できた、ということかな。
玉木さんの著書を読めば、そこら辺のことが詳しく書いてあるので、興味のあるかたは一読あれ。

さて、この映画の主人公のアレックスは「ルドビコ式療法」という、いわば科学的な方法で、暴力とセックスを拒絶してしまうカラダにされてしまいます。
それに対して抗議的な目で見る牧師の言葉が辛辣です。

「これは本人が選択した暴力の否定ではない。
本人にその選択の余地がない。
これは拷問だ。」

その牧師の言葉が表すように、主人公のアレックスは性的衝動と暴力的衝動に駆り立てられると、吐き気が襲ってきます。
う~ん…。
これは、人間というのは暴力と性的衝動という選択の余地があるから、精神が安定するということでしょうか。
もちろん自殺や戦争という選択の余地も(それを実行するかどうかは、また別問題)。
そう考えると、先ほどの玉木さんの言葉も、ますます意味深なものとなってきます。
この映画は名作だけに、いろいろな見方もあるようですが、私には「人間にとって"善"とは何か"悪"はなにか」を深く考えさせられる作品のようにも思えました。

tag : 社会派映画 スタンリー・キューブリック

2018-11-28 19:58 : 映画レビュー : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

『ボヘミアン・ラプソディ』見に行きたい?



う~ん…。
私にとってクイーンというバンドは、ライブバンドと言いうよりもスタジオミュージシャンとしての位置づけですから、彼らのライブを忠実に再現したこの映画を「なにがなんでも見に行きたい」という気にはなれないですね。
もちろん、初めて「ボヘミアン・ラプソディ」を聞いた時には恐ろしいまでのカルチャーショックを受けましたが、彼らのあの音楽から垣間見る重厚なハーモニーというのも、レコードでしか再現できないわけですから。
実は初めて彼らのライブ音源を聞いた時も、レコードとのあまりの違いに肩透かしを食らったのをよく覚えています。
しかもフレディのボーカルは、サビの高音部分になると声が出ず、キーを思いっきり下げたりその部分をロジャー・テイラーに歌わせたりと、レコードとのギャップに愕然としてしまうことも。
ちなみに、私が彼らのライブ音源を初めて聞いたのは、『ライブ・キラーズ』というライブアルバムでした。
しかもそれはジャーニーの『ライブ・エナジー』というライブ・アルバムを聞いた直後です。
ジャーニーと言えば私にとってのフェイバリットボーカリストの1人であるスティーブ・ペリーが所属するバンドです。
スティーブの、レコードを忠実に再現した歌唱力を聞いた直後だっただけに、フレディのボーカルが余計にスカスカに聞こえてしまったんでしょうね。
よく「クイーンのボーカルはフレディ意外に考えられない」とか「フレディ・マーキュリーは唯一無二のボーカリスト」といった評価もあるようですが、意地悪な見方をすれば、「そりゃ、あんなド派手で奇抜な恰好、やれと言われても、誰も恥ずかしくてできない」といったところです。
あんな恥ずかしい恰好、フレディだからこそ出来るのでしょうか。
ちなみに、それに近い存在がエルトン・ジョンかな。


ところで、この『ボヘミアン・ラブソディ』という映画はライブのオリジナル音源を取り入れた伝記映画です。
「もし、ほかのアーティストでそのような伝記映画がつくられるとしたら、誰の伝記映画を見てみたいか?」と聞かれたら、もうこれは断然、ルチアーノ・パヴァロッティですね。
「ルチアーノ・パヴァロッティ? 誰やねんそれ?」
なんて言わないでくださいよ。
ルチアーノ・パヴァロッティと言えば、ご存じ3大テノールのうちのひとりで、クラシック音楽愛好家のみならず、ロックやポップスのファンのあいだでも数多くのファンを持つオペラ歌手です。
90年代には『パヴァロッティ&フレンズ』という、ロックやポップス歌手との共演をしたチャリティーコンサートも行っていて、話題になっています。
その共演者も豪華絢爛。
スティングブライアン・メイブライアン・アダムスボーノU2)、エリック・クラプトン、エルトン・ジョン、ジョン・ボン・ジョヴィマライア・キャリージョージ・マイケルライオネル・リッチーホイットニー・ヒューストンディープ・パープル(リッチーはいない)などなど…。
名前を上げたらきりがありません。
彼は2007年に年に亡くなっていますが、もしもう20年若かったら、絶対にレディ・ガガブルーノ・マーズとも共演しているでしょう。
ちなみに彼のピークはどうやら1994年あたりらしく、95年以降は急激に声に衰えが見え始めたような気がします。
そんな彼の全盛期の歌声を聞くと、極端な話、フレディ・マーキュリーの「なんちゃってオペラ・ボイス」がバカバカしく思えてしまうほどです(本当に極端な話ですよ)。
でも、もし本当にパヴァロッティの伝記映画がつくられるとしたら、いったい彼のの役を誰がやるかでしょうね。
なにしろ、体重100キロを超えているとも噂される巨漢ですからねぇ。
ジョニー・デップあたりが全身特殊メイクでやってくれそうではありますが。


関連動画は追加記事にて。

↓ご存じ『パヴァロッティ&フレンズ94』にて、スティングとの共演。

曲名:天使の糧(パニス・アンジェリカス)/トマス・アクィナス作曲

↓後半からが圧巻。ライブ音源が無いのが残念です。

曲名歌劇『ウイリアム・テル』より「私を見捨てないでくれ…急いで行 こう」/ロッシーニ作曲

↓パヴァロッティといえば、やっぱりこの曲。

曲名:歌劇『トゥーランドット』より「誰も寝てはならぬ」/プッチーニ作曲

tag : クイーン フレディ・マーキュリー ルチアーノ・パヴァロッティ オペラ クラシック音楽

2018-11-27 19:50 : 雑記 : コメント : 3 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】サイド・エフェクト(2013年:アメリカ)


監督  スティーヴン・ソダーバーグ
脚本  スコット・Z・バーンズ
出演  ジュード・ロウ
    ルーニー・マーラ 他

<<<『サイド・エフェクト』のあらすじ>>>

金融マンであった夫マーティン(チャニング・テイタム)が違法株取引で逮捕されたのを機に、以前に患ったうつ病を再発させてしまったエミリー(ルーニー・マーラ)は、交通事故や自殺未遂を引き起こすように。診察にあたる精神科医バンクス(ジュード・ロウ)は、かつて彼女を診ていたシーバート博士(キャサリン・ゼタ・ジョーンズ)に相談。エミリーが抱える症状の詳細を聞き出し、彼女の了承も得て抗鬱剤の新薬アブリクサを投与する。症状が快方に向かっていたある日、マーティンがナイフで刺されるという事件が起き……。


引用元:Yahoo!映画|サイド・エフェクト


※)ネタバレ注意

先に結論を言ってしまいますと、玉の輿で結婚するとこういう結末になるのね、という鉄板のようなサスペンス&スリラー映画でありました。
夫の地位と名誉と財産目当てで結婚したけれど、その夫は自分のミスで逮捕。
どん底状態に陥った妻は、なぜか夫を逆恨み。
夫にほとんど愛情を感じていれば、奥さんはこういう行動を起こさなかったかもしれません。
結婚相手はよく選ばないといけないという、映画の主題とはまったく関係のない教訓が残る映画であります。

さて、物語の前半はエミリーの心の病が重点的に描かれます。
これはもしかして『ツレがうつになりまして。』の「怖い版」かと思わせました。
しかし物語が後半に差しかかるにつれて、展開は二転三転。
物語は医療ミステリーの様相へと展開していきます。
物語の構成とエミリー(ルーニー・マーラではない)の見事な演技力に、見ている側は全員騙し討ちを食らうのではないでしょうか。

最後にひとこと。
なんだかんだ言いながらも、最初の展開からは想像もつかない「まさかエミリーが…」の結末になってしまったのも、やはり演じているルーニー・マーラが美人だから?
やっぱり美人って得なのかな、なんて、変な結論に達してしまいました。

tag : サスペンス映画 ジュード・ロウ スティーヴン・ソダーバーグ ルーニー・マーラ

2018-11-26 19:47 : 映画レビュー : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】人生の特等席(2012年:アメリカ)


監督  ロバート・ロレンツ
脚本  ランディ・ブラウン
出演  クリント・イーストウッド
    エイミー・アダムス

<<<『人生の特等席』のあらすじ>>>

家庭を顧みず、メジャーリーグアトランタ・ブレーブスのスカウトマンとして生きてきたガス(クリント・イーストウッド)は長年名スカウトとして腕を振るってきたが、ここのところ年のせいで視力が衰えてきていた。彼の最後のスカウトの旅に手を貸したのは、父との間にわだかまりを感じ続けてきたひとり娘のミッキー(エイミー・アダムス)で(女の子なのに名バッターミッキー・マントルから名前を採った)33歳になり、弁護士として活躍している。39歳の妻を亡くし(墓参りでYou are my sunshine.を口ずさんで涙ぐむ)、男手ひとつで育てようとして育てられなかった父娘の旅の最後にそれぞれが見つけた人生の特等席とは…。


引用元:Wikipedia|人生の特等席


※)ネタバレ注意

本作は『グラン・トリノ』以来、約4年ぶりとなるクリント・イーストウッドの主演作ということです。
それだけに、ファンの方もこの作品に対する思いもひとしおといったところでしょうか。
しかし私は、クリント・イーストウッドもそうですが、何より彼が演じているキャラクターになぜだか心を魅かれます。
自らの素行で親子関係を崩壊させた頑固ジジイ。
そんな彼もスカウトマンとしての腕は確かで、長年培われた経験と勘で、選手の弱点を見抜いたり修正したり。
そんな彼を球団側は、「もう年だ」と信用しておらずクビにする寸前。
おまけに彼にとって"命"ともいうべき視力まで奪われようとしている。
「目が見えなくても耳が聞こえるぜ」といわんばかりに、その選手の打撃の音だけで選手の才能を見抜く彼。
それでも信用しない球団を見事に信用させたのが、疎遠になっていた娘さんだった。
最後に球団側が、このイーストウッド爺さんに「マイッタ」の意思を表するくだりは、もう本当に気分爽快。
「やるな爺さん、やっぱりあんたの経験と勘は確かだったよ」と、心の中で拍手喝でした。

しかし、この映画が製作されたのは2012年のこと。
今となっては、その爺さんの経験と勘を受け継ぐのは、そう「AI」なんですね。
AIならこの爺さんの長年のキャリアを、わずか数分で追い越してしまいそうです。
正式には、この映画の主題は親子関係なわけですが、イーストウッドが演じるキャラクターが嫌いじゃないだけに、今ではこういうキャラクターがAIに取って代わってしまうのかと思うと、見終わったあと、爽快感と同時に淋しさもこみ上げてしまいます。

tag : 人間ドラマ クリント・イーストウッド 野球

2018-11-25 19:55 : 映画レビュー : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

日本のスポーツ界に潰された天才

2週間ほど前、『消えた天才』というバナナマンが司会をしている番組で、K君という元サッカー選手のことが紹介されていました。
彼は、サッカー日本代表の宇佐美貴史選手や原口元気選手らと同世代の元サッカー選手で、中学時代、宇佐美選手はそのK君の独創的なプレイと華麗なテクニックに驚愕していたそうです。
「彼は伝説」
そのK君を番組内で紹介した宇佐美選手は、彼にそのような最高の賛辞を贈っていました。
そのK君は、かつては世代別の日本代表にも選ばれていたのですが、高校生になると、突如としてサッカー界から姿を消すことになりました。
その理由が「協調性がない」でした。
驚異的なテクニックであるK君は、それゆえ、誰にもボールを渡そうとせずに「オレがオレが」の存在となっていたようです。
そんな協調性のなさゆえに、チームからも村八分を食らってしまい、それが原因でサッカー界から姿を消してしまいます。

「つぶされた天才」

VTRが終わったスタジオ内では、K君のことをそう評価しました。
すると、その場にいた青山学院陸上部監督の原晋氏が、「日本スポーツ界を代表して、K君に謝ります」と言い出しました。
その理由としては、どうやら「日本のスポーツ界はすぐに協調性、協調性といって、こういう才能を潰してしまった」ということらしいです。
原監督がこういうことを言いだすと、またネット上では、「これだから日本人は…」とか「いやいや日本人関係ない」だのといった意見が飛び交ってしまいそうです。
たしかに、原さんの持論には半分理解できます。
その反面、ちょっと違うんじゃないか、という部分もあることも確かなのです。




そもそも、サッカーにとって最も大切なことはなんでしょうか。
私もド素人なので、あまり偉そうなことは言えませんが、どうもそれはテクニックはもちろんのこと、それ以上に「コミュニケーション能力の成熟度」ではないかと思われます。
コミュニケーション能力と言えば、協調性を思い浮かべる方もおられるとは思いますが、それとはまた少し違うようです。

私が「コミュニケーション能力の成熟度」と聞いて思い出すのが、以前ST Rockerさんのブログのコメント欄で紹介させていただいた許光俊さんの著書『クラシックを聴け!~お気楽極楽入門書~』(青弓社)で記されていた定義です。
著者はクラシック音楽のキモを知る方法のひとつとして、「サラダを作れ」とおっしゃっていました。
サラダを作ることによって、クラシック音楽のキモであるハーモニーの感覚が養えるからだ、と言ことらしいです。
ここでいうハーモニーとは…

それぞれ違うものが同時に存在することで、新たな意味が出てくる


引用元:Amazon|クラシックを聴け!―お気楽極楽入門書


ということらしいです。
例えば、私たちがもっとも身近なものだと、かつて存在していたSMAPがそうかもしれません。
木村拓哉、中居正広、草彅剛、稲垣吾郎、そして香取慎吾。
5人はそれぞれの個性を持ち、1人ひとりが独りのタレントしても十分に食っていける才能を持っています。
その5つの個性と才能が同時に存在することによって、「SMAP」という新たな個性が誕生する。
オーケストラがそうです。
ひとつひとつの楽器はまったく違う音色を出しているのに、それが同時に存在することで「オーケストラ」という新たな存在が誕生する。
これは一見、役割分担のように見えますが、それとはまた違うようです。
それぞれの個性がそれぞれの個性を思う存分発揮して、その個性と個性が溶けあうことによって「ハーモニー」というのが生まれてくるのだそうです。
このように、個性と個性が上手く溶け合うには、「自分の存在意義」を自覚していないと上手くいきません。
サッカーで言うなら、いくらうまいテクニックを持っていても「今から出すパスはチームにとって何の意味があるのか」とか「自分のポジショニングはチームにとって何の意味があるのか」あるいは「自分の高度なテクニックはチームにとって何の意味があるのか」。
こういことを個人個人がしっかり理解しておかないと、ハーモニーというのは存在しないものと思われます。
オーケストラだって同じことです。
「自分が出す音色は、このオーケストラにとって何の意味があるのか」それを個々が定義しておかないと、素晴らしいハーモニーは生まれません。
そのように自分の個性を生かしてハーモニーを誕生させるには、チームメイトが何を考えているのかを常に把握していないといけません。
そうなってくると、選手や個人個人に要求されるのは、テクニック以上にコミュニケーション能力の成熟度ではないでしょうか。
サッカーの試合をよく見ていますと、ボールデッドの合間などに、選手たちはよくお互いに声を掛け合っている光景を見かけます。
これも、コミュニケーションの成熟度がハーモニーのキモであり、それがサッカーのキモだからではないでしょうか。
伝説的な名指揮者セルジュ・チェリビダッケ氏も、オーケストラの楽団員に「お互いの音をもっと聞き合え」と、口を酸っぱくして言っていたようですが、これもコミュニケーション能力とハーモニーの関係を考えれば当然のことかもしれません。

先ほどわかりやすいようにSMAPを例に挙げましたが、実を言いますと、許氏によれば「ハーモニー」の概念は日本人には理解できないのだそうです。
それはなぜかと言えば、日本の場合は「和」の締め付けが強いからだそうです。
「和」の締め付けが強いからコミュニケーション能力も成熟しない。
コミュニケーション能力が成熟しないから「ハーモニー」も生まれない、そんなところでしょうか。
私も思想的には「保守」なので、こんなことは認めたくないのですが、「和の精神」とそれによって生まれた「右に倣え」の精神が、コミュニケーション能力を阻害しハーモニーを産みにくくしている。
それを考えれば、先ほどの原監督のおっしゃっていることは半分は当たっているわけですね。
だからといって、その個性を野放しにすればいいのかと言えば、そういうわけにはいかないと思います。
何度も言うように、サッカーのキモはハーモニーであり、それを醸し出す為にはコミュニケーション能力の成熟度が最大のポイントとなります。
よって先ほどのK君のように、自分の事ばかり考えている選手は、サッカー選手としては日本では言うに及ばず、海外のチームでもつまはじきにされる可能性もあります。
ただK君の場合、欧州リーグのように、サッカー文化の本場の空気に触れることによって、彼の個性が改善され、その個性がいい方向に生かされる可能性も十分にありえたかもしれません。



よくよく考えると、どの団体スポーツ、つまりバスケットボールにしろラグビーにしろ、チームvsチームという構図が成り立つスポーツというのは、コミュニケーション能力が成熟していないと勝てないスポーツなんじゃないかと思われます。
だから日本代表は、サッカーにしろラグビーにしろバスケットボールにしろ、なかなか勝てなかったんじゃないかと思いたくなります。
もちろん体格の差もあるでしょうけれど。
ちなみに、なでしこジャパンがW杯で優勝できたのは、男女の選手層の違いに加えて、一般的に女性というのは男性に比べてコミュニケーション能力が成熟していますから、それが優位に働いたのかなと思われます。
その一方で、日本の国技となっている野球は、究極的には個人スポーツです。
あれは一見団体スポーツのようですが、基本的にはバッターvsピッチャーといった具合に、1対1の構図です。
サッカーやラグビーのようにチームvsチームという構図は成り立ちません。
だから日本の野球は世界的に強いんでしょうね。
原さんが監督をされている駅伝も、各区間ごとにチームの代表が1人ずつレースを行っていきますから、基本的には個人スポーツです。
その原監督はK君に対し、「日本スポーツ界を代表して謝罪します」でした。
これは裏を返せば、「俺だったらコイツを立派なアスリートに育て上げることができるよ」ということでしょうか。
しかし、そもそも原さんが監督をされている駅伝というスポーツは個人スポーツであってチームスポーツではありません。
個々の素材を育て上げればいいという個人スポーツと、その素材でハーモニーを醸し出さなければならない団体スポーツとでは、わけが違います。
それゆえでしょうか、原監督がK君に謝罪した場面では、「自分のスポーツ(個人スポーツ)を引き合いに出してサッカーを語られても」という違和感もあったことはあったわけであります。


曲名:コミュニケーション・ブレイクダウン/レッド・ツェッペリン

tag : サッカー テレビ 原晋 サッカー日本代表

2018-11-24 19:42 : 雑記 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】IT/"それ"が見えたら、終わり。(2017年:アメリカ)


原作  スティーヴン・キング
監督  アンディ・ムスキエティ
脚本  ゲイリー・ドーベルマン
    キャリー・フクナガ
    チェイス・パーマー
出演  ビル・スカルスガルド
    ジェイデン・リーバハー 他

<<<『IT/"それ"が見えたら終わり。のあらすじ』>>>

1988年から物語は始まる。立て続けに起こる行方不明事件の最中、雨の日にビルの弟であるジョージーが行方不明となる。

夏休みに入る頃、ルーザーズクラブのビル、リッチー、スタンリー、エディ、そしてバワーズらに暴行を受けて逃げてきた際に出会ったベン、薬局にて出会ったベバリー、バワーズらに暴行を受けているところでビルたちに助けて貰ったマイクと共に連続行方不明事件の謎を探ることとなる。

それぞれ悩みを背負った少年少女たちが恐怖に立ち向かう姿を描く。


引用元:Wikipedia|IT/イット “それ”が見えたら、終わり。

スティーブ・キング原作のホラー小説を1990年以来の映像化した作品です。
いきなり話は飛びますが、何でも、今年のアメリカのとある州では、ハロウィンの仮装にピエロを禁止したそうです。
ピエロといえば、その昔はサーカスなどの花形で、子供たちを楽しませるための主役クラスの存在でしたが、その存在意義を根底から覆し、『マクドナルド』のロナルド(正式にはドナルドではない)を引退へと追いやった張本人が、この映画だったかもしれません。
そういえば、先日も「ピエロ」で画像検索すると、その半分以上がそれっぽい画像ばかりが引っ掛かりました。
私自身も、子供のころからピエロといえば「ちょっと不気味」といった存在でしたので、それを考えると、ようやく世間の感性が私の感性に追いついてきたのかなと。

そんなくだらない前置きはともかく、この映画は、スティーブ・キング原作ということもあって「ホラー版『スタンド・バイ・ミー』」との評価もなされています。
作品内で主人公たちが属する「ルーサーズ・クラブ」というのは直訳すると「負け犬クラブ」になるそうです。
つまり、町のいじめられっ子たちが属するクラブで、いじめっ子の不良グループが常に彼らを標的にします。
『スタンド・バイ・ミー』でも、主人公の3人組は、不良少年グループに終始怯えているという設定でしたから、やはり「ホラー版『スタンド・バイ・ミー』」になるのでしょう。
スティーブ・キングの原作では、舞台設定が少年時代と成人した現在の2部構成になっていて、2017年版のこちらの作品は、少年時代が舞台となっています。
そのため、エンディングロールに入る前は、続編を予感させそうな演出が施されています。
もし続編が公開されるとしたら、来年か再来年あたりになるのでしょうか。
それを待ちきれない、というせっかちな方は1990年版を見直すというのも良いのではないでしょうか。



↓閲覧注意。出来れば音量を下げて。

tag : ホラー映画 スティーヴン・キング

2018-11-23 19:43 : 映画レビュー : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】マッドマックス(1978年:オーストラリア)


監督  ジョージ・ミラー
脚本  ジェームズ・マッカウスランド
    ジョージ・ミラー
出演  メル・ギブソン
    ジョアン・サミュエル 他

<<『マッドマックス』のあらすじ>>

凶悪な暴走族の暴行殺人が多発する数年後の近未来。相棒の死をきっかけに警察を引退したマックスは家族と休養の旅に出る。
ところが旅先でトッカーター率いる暴走族グループに、最愛の、妻子を殺されてしまう。復讐心に燃えるマックスは、
暴走族用に開発された追跡専用パトカー<インターセプター>を駆って、たった一人で壮絶な闘いを仕掛けていく!


引用元:Amazon|マッドマックス

人気漫画『北斗の拳』は、この映画のパクリだと言われていますが、『北斗の拳』がパクったのは、この映画の第2作『マッドマックス2』以降の世界観です。
パート1とパート2以降の世界観は、近未来を舞台にはしているものの、まったく違ったものとなっております。
さてこの映画、主演のメル・ギブソンと監督のジョージ・ミラーの出世作です。
まずこの映画の凄いところはなんと言っても、キャメラ、キャメラ、キャメラが凄いんですねぇ(淀川長治風)。
今でいうドライブレコーダーさながらに、バイクや自動車に直接カメラを取り付けて、カーチェイスの臨場感を醸し出す。
まさに見ている側も、それに参加しているようなリアルな映像が楽しめます。
さらに悪役たちである暴走族の演出。
もう身震いするほどの不気味なまでの暴走族たちが、映画の序盤から終盤にかけて好き放題に無法の限りを尽くします。
そんな彼らが、主人公であるマックスに皆殺しにされるわけですから、見終わったあとには独特のカタルシスを感じることでしょう。
そして何と言っても、暴走族の恐怖が家族に迫りくる様子をこれでもかという具合に描き切った、その鬼気迫る演出。
これらの鬼気迫る演出を見せつけたジョージ・ミラーの手腕が、あのスティーブン・スピルバーグにも認められ、この後彼は、スティーブン・スピルバーグが監督し総制作に携わったオムニバス映画『トワイライトゾーン』でも、メガホンをとりました。
ちなみに、ミラーはスピルバーグの息子さんの名付け親で、名前をマックスというのだそうです。

ところで『マッドマックス』シリーズといえば、3年ほど前に、30年ぶりの新作『怒りのデス・ロード』が公開されました。
それを記念して、なんとシリーズ1&2の同窓会が日本で行われていたんですね。
ファンにとってはまさにレアな企画。
とりあえず、その模様の動画を一番下の方に貼っておきます。




※『マッドマックス』パート1といえば、スタントマンの死亡説が流れたことでも有名ですが、これはどうやら誤報だったようです。
もしくは動員数を稼ぐために、ワザとそういうデマを流したのか。
しかし動画の19分33秒あたりでは、悪役「ナイトライダー」に関して、それを上回るほどの衝撃的な事実が発覚!
さすがにこれには驚きました。

tag : アクション映画 メル・ギブソン ジョージ・ミラー

2018-11-22 19:41 : 映画レビュー : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

『タモリ倶楽部』空耳アワー発祥の地



タモリ倶楽部』の名物コーナー、「空耳アワー」が存続の危機にあるそうです。

番組ADを震撼させたニュースとして、東京・神保町のレンタルCDショップ「ジャニス」が11月末で閉店されることが明かされた。

「ジャニス」はディープな品ぞろえで知られ、「空耳アワー」に送られてくるネタの音源チェックのため、コーナー開始直後から25年以上にわたって、毎回80~100枚のCDを借りていたという。


引用元:Rakuten News|「空耳アワー」が存続の危機? 『タモリ倶楽部』の番組ADが土下座も…


ADさんが土下座までして存続を懇願したというのですから、相当なものだったんでしょうね。
それにしても、その音源のネタ元が街角のレンタルショップだったというのが、ちょっと驚きです。

ところで、このような「空耳」企画というのは『タモリ倶楽部』が元祖のように思われがちですが、実は35年ほど前、洋楽の「空耳企画」を、関西のローカル番組でオンエアーしていたことがありました。
KBS京都という放送局が、毎週月曜日に放映していた『ピポポタマス・ストリート』という、若者のポップカルチャーや洋楽PVを紹介していた番組で、その1コーナーとして「空耳」企画をやっていました。
といってもこの企画の発端は、番組のスペシャル企画として行ったものを、あまりにも好評だったためレギュラー化してしまった、という企画です。
たしかその企画がレギュラー化されたときというのは、番組が終了する間際だったかな。
そして、そのときの「空耳企画」のスペシャルゲストとして登場していたのが、なんと、やしきたかじんです。
その時の「空耳」の紹介方法は、「空耳アワー」のように再現VTRを流すのではなく、「この楽曲の一部分で、こんな日本語が聞こえますよ」とパーソナリティーが前振りして、あとから音源だけを聞いて「ホンマやホンマや」とコメントするというものでした。
この「空耳企画」では、クイーンの『サンバディ・トゥ・ラブ 』の「♪Everybody わしゃコケた~」や、『キラー・クイーン』の「♪頑張れ田淵」も、そのときすでに紹介されていました。
ちなみに当時は、いしいひさいちさんの漫画『がんばれ!!タブチくん!!』が大流行りしていため、それが影響してか『キラー・クイーン』の空耳が大いにウケたと思われます(私もちょっと笑っちゃいました)。
ところが、『タモリ倶楽部』で紹介されたときは、普通に田淵さんが監督として苦悩しているだけのVTRが流れていて、「空耳としては良く出来ているけれど、面白いVTRがつくりにくい」ということで、あまりウケませんでした。
「空耳」のウケるウケないも、どうやら時代に左右されるみたいですね。
さらに興味深いのは、「♪Everybody わしゃコケた~」の空耳を紹介したのは、誰あろうローリー寺西。
ご存知彼は関西出身のミュージシャン。
これはもしかしてもしかしたら、といったところです。
さて、そんな関西ローカル番組の「空耳企画」のかなで一番ウケた空耳は、何と言ってもビートルズの『イエロー・サブマリン』の空耳。
この楽曲からからどことなく聞こえてくる「オッサンが屁をこいたー」は、スタジオ内が爆笑の渦に巻き込まれました。
さすがにこれにはゲスト出来ていたやしきたかじんも「ホンマに言うてるやん!」。
この空耳があまりにもウケたため、「これは面白い」ということで、そのとき一度きりになるはずだった「空耳企画」がレギュラー化してしまいました。
そこで気になるのは、『タモリ倶楽部』「空耳アワー」を企画・発案した方の出身地。
その人がもし関西出身だとしたら、京都は「空耳」の発祥地ということになり、『イエロー・サブマリン』は「空耳アワー」を生み出した名曲になる…、なんてのはちょっと妄想が過ぎているでしょうか。



話がいきなり飛びますが、『タモリ倶楽部』といえば、あの強烈なインパクトのあるオープニングが有名です。
私があの番組を初めて見たのは中学生のときでした。
…とくれば、もうだいたい話の筋はおわかりですね。
あれはたしかお正月か年末だったでしょうか、私以外の家族のもの全員が1泊ほど田舎へ帰っていて、私一人でお留守番をしていたときでした。
その夜、深夜にテレビをつけていたら『タモリ倶楽部』の例のオープニングが私の目に飛び込んできたのです。
しかもその時の企画は、オープニングをリニューアルするための「お尻オーディション」企画。
つまり、そのときの番組では30分間(もしかしたら1時間スペシャルだったか)、ずーっとアノ場面でした。
「これが噂に名高い『深夜のお色気番組』というやつか」と思ったもので、これをたまたま見れたことを神に感謝したほどです。
当時、関西では深夜のお色気番組は放映していなかったですから。
その後、親の目を盗んで『タモリ倶楽部』を見ていたのですが、オープニング以外は肩透かしの連続で、これが深夜のお色気番組でないことがわかったのが、半年たった後でした。
やっぱり、あの年齢で女性の裸を見ようなんて、10年早かったということですね。

なんだか「空耳アワー」から、とんでもない方向に話が飛んでしまいました。


曲名:Short Shorts/ロイヤル・ティーンズ

tag : テレビ 空耳 タモリ

2018-11-21 19:45 : 雑記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
ホーム  次のページ »

プロフィール

かんた

Author:かんた
軽度の発達障害。
それに伴い中度の社会不安障害を誘発した模様。

検索フォーム

タグランキング 50

メール

gadget10.png

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR