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FC2トラックバックテーマ 第2425回「好きな芸術家は?」

FC2トラックバックテーマ 第2425回「好きな芸術家は?」





今回、トラックバックテーマがちょっと興味深かったので、こちらの方を書いてみようと思います。
といいましても私のこと、いつもみたいにダラダラとムダなことを書き綴ってしまって、必要以上に長い記事になってしまいそうですが。

ところで「芸術家」って、英語に訳すと「アーティスト」になるわけですよね。
言葉というのは不思議なもので、「好きな芸術家は誰ですか?」と聞かれるとピカソやゴッホ、あるいはミケランジェロといったような歴史事典に名を連ねていそうな画家や彫刻家を指すのに対し、「好きなアーティストは誰ですか?」と訊ねたら小澤征爾、ビートルズからAKBまでと、急に守備範囲が広くなってしまいます。
それもどういうわけか、音楽の分野で。
その理由ははっきりとはわかりませんが、おそらく「アーティスト」という言葉が一般的に浸透してしまったのが、音楽の分野だからではないかと思われます。
私が初めて「アーティスト」という言葉を耳にしたのは、高校生のときによく聞いていたFMラジオからでした。
当時の私は、音楽といえば洋楽ばかり聞いていた時期で、その洋楽歌手全般のことを、DJやパーソナリティたちは「アーティスト」と呼んでいました。
つまり1980年代前半は、「アーティスト」といえば洋楽歌手全般のことを指していたように思えます。
といいますのも、洋楽歌手というのは自分で曲を作って当たり前、一方、アイドル全盛期だった邦楽は自分で曲を作らない。
だから、自分で曲を作れる洋楽歌手全般を単なる歌手と捉えずに「芸術家」、つまり「アーティスト」と呼んでいたのだと思います。
やがてその「アーティスト」という言葉は、サザンの桑田佳祐やユーミンといったように、邦楽の中でも自分で曲を作れる歌手のことを指し始め、そして今日に至ったように記憶しています。
こうやって音楽の分野で「アーティスト」という言葉が浸透していきましたが、もしこれが絵画の分野から浸透していれば、「アーティスト」の守備範囲はルノワールから尾田栄一郎までと、かなり広がっていたのかな、なんて思ったりもします。



さて、くだらない言葉遊びはこれぐらいにして本題に入りたいと思います。
とりあえず今回のテーマの発案者は「アーティスト」ではなく「芸術家」を指しているものと思われるので、今回はその発案者の意思を尊重して「好きな芸術家」を上げさせていただきます。
いま現在、好きな芸術家はやはり伊藤若冲かな。
以前は、葛飾北斎が好きだったのですが、数年前のちょっとした若冲ブームをきっかけに「北斎よりもスゲェ」ってなってしまったわけです。
といいましても私の場合、それほど絵画には詳しくは無いので、ほとんど感覚的にしかそれらを見ることしかできません。
それゆえ、どこがすごいのか専門的に説明しろと言われても、ちょっと難しいです。
ただ、Eテレの『日曜美術館』などで若冲の絵を見て、その画風の凄さに圧倒されてしまいました。
とは言ってもやはり素人目ですから、これから先、「好きな芸術家は誰ですか?」と聞かれても「伊藤若冲」と答えられる自信はまったくありません。
ただ不思議なことに、音楽にしても映画にしても、私は洋楽・洋画を好むのに対し、絵画や彫刻だけは日本のものにひかれてしまうんですよね。
その理由はなぜだかわかりませんが。

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tag : 芸術 伊藤若冲 葛飾北斎

2018-10-31 19:58 : 雑記 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】シザーハンズ(1990年:アメリカ)


監督  ティム・バートン
脚本  キャロライン・トンプソン
出演  ジョニー・デップ
    ウィノナ・ライダー 他

<<『シザーハンズ』のあらすじ>>

エドワードは、発明家の博士によって生み出された人造人間。だが、完成直前に博士が急死してしまった為、彼は両手がハサミのままこの世に残されてしまう。その後、ゴースト屋敷のような丘の上の家で、顔が傷だらけで孤独な日々を送っていた彼の元にある日、化粧品のセールス・ウーマンのペグが訪ねて来た。心優しい彼女は、そんな彼の姿に同情し、自分の家に連れて帰る。そうして家の中へ通された彼は、写真に写っているペグの娘キムに心奪われ、彼女に恋してしまうが……。


引用元:Yahoo!映画|シザーハンズ


※)ネタバレ注意

当ブログ開設以来、初ハロウィンを迎えるわけですが、私の場合ハロウィンといえば、どういうわけかこの映画を思い出してしまいます。
ナゼかって?
それは私にもわかりませんが、皆さま中にはそういう方もいらっしゃるかと。




公開当初、この作品を「第2の『エレファントマン』」と評した方もいらっしゃったように覚えていますが、私はファンタジー版『しあわせの隠れ場所』にも見受けられました。
もっとも、制作の順番からするとこちらの方が先なのですが、鑑賞した順番からすれば『しあわせの隠れ場所』の方がタマタマ先になってしまいました。
この両作品の共通点は、アイデンティティの異なるものを家族の一員として迎え入れるという点です。
ただ『しあわせの…』の場合は、家族全員がビッグ・マイクを温かく迎え入れますが、『シザーハンズ』の場合、ペグ・キム母娘以外は何だか妙に冷たい。
一番下の弟は『しあわせの…』でいえばS・Jのような位置づけなのですが、たしかに少しキャラクターが被ってはいるようですが、こちらの方は最後までエドワードへの不信感が否めませんでした。
そう言ったネガティブな環境に置かれた主人公、というのが、逆に印象に残ってしまうんでしょうね。
そんなネガティブな環境に置かれている彼に、ちょっと意外なキャラクターが救いの手を差し伸べる場面もあったりして。

さらに「第2の『エレファントマン』」でいえば、主人公の内面的なキャラクターは、少々かけ離れている感も否めません。
『エレファントマン』の主人公、ジョン・メリックの知的でインテリジェンスに満ちあふれたキャラクターとは違い、こちらの主人公は、とにかく純真無垢。
知能が低下しているものだから善悪の区別もつかず、好きな人の為なら無実の罪も被っちゃうという純真さ。
そんな知能の遅れをカバーしているのかどうかは知りませんが、創造力が並外れてすごいんです。
どういう風に凄いかといえば、ご愛用(?)のハサミで庭の植木を恐竜や動物にしちゃうわ、ご近所のオバさんのヘアカットも手際よくやっちゃうわ、まさにバカボンのパパやカリスマ美容師も真っ青の腕前です。
そんな才能を持ち合わせているにもかかわらず、最後はそれを生かし切ることができず、ちょっと切なくなってしまうんです。

もし先ほどの『しあわせの隠れ場所』と並行して鑑賞されるのであれば、こちら『シザーハンズ』の方を先に鑑賞されることをお勧めします。
きっと、この映画の切なさが浄化されるかもしれません。
「いやいや、世の中そんなキレイごとばかりじゃないぜ」
という方には、逆をお勧めします。



↓ハロウィンといえばこちら思い出します。

tag : ファンタジー ラブ・ストーリー ティム・バートン ジョニー・デップ

2018-10-30 20:07 : 映画レビュー : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】スパイダーマン3(2007年:アメリカ)


監督  サム・ライミ
脚本  アルヴィン・サージェント
    アイヴァン・ライミ
    サム・ライミ
出演  トビー・マグワイア
    キルスティン・ダンスト 他

<<『スパイダーマン3』のあらすじ>>

かつて暴漢に襲われて亡くなったベンおじさん殺害の真犯人、フリント・マルコ(トーマス・ヘイデン・チャーチ)が刑務所から脱獄。その情報を知らされ激しい怒りに燃えるピーター(トビー・マグワイア)は、メイおばさん(ローズマリー・ハリス)の制止の言葉も聞かず犯人の行方を追う。


引用元:Yahoo!映画|スパイダーマン3


※)ネタバレ注意

サム・ライミ監督3部作の3作目にして最終作がこの作品。
今回の作品をひと言で表すなら、完全に『ロッキー3』です。
それってどういう意味かといいますと、スパイダーマンとしてヒーローになってしまったピーター・パーカーが完全に有頂天になってしまうんですね。
つまり、ヒーローとしてマスメディアなどにもてはやされているスパイダーマンを横目で見ながら
「スパイダーマンはこの俺だぜ、すごいだろう」
ってな感じで、心配する恋人をよそに天狗になってしまうんです。
有頂天になって有頂天になって、そのうちしっぺ返しを食らうという展開は、まさに『ロッキー3』そのもの。

ただ、ヒーローとなってしまったものは、必ず通る道で、ロッキー・バルモアもピーター・パーカーもそれを乗り越えて成長していく訳ですね。
そんな中、無理やりキャラをブッ込んで来た感のあるのが「ブラック・スパイダーマン」。
人間には必ず「善」の部分と「悪」の部分がある、という主張はわかるのですが、『ロッキー3』的な苦悩からいきなり、「善の心と悪の心」と言われても、ちょっと話しが混乱してしまうかな。
しかもその「ブラック・スパイダーマン」は、ピーターの心の葛藤から生まれたキャラクターではないだけに、ちょっと設定にムリがあったような。
さらに伯父さんを殺した真犯人への葛藤に加えて、そこへスパイダーマンを目の仇にする親友のハリーまで絡んでくる。
もう1つの物語にいろんな要素が含まれていて、見る人にとっては頭がパンクしそう。
この『スパイダーマン3』が、サム・ライミ監督シリーズの中では駄作といわれるゆえんもそこにあるのでしょうか。
それであっても、物語が破城せずそれなりに成り立っている当たりはさすがといえばさすがです。
苦悩と成長、これが『スパイダーマン』最大のテーマなのですが、これだけ密度の濃い苦悩と成長記録を見せられると、もうお腹いっぱいと言った感じで、次回のリブート(再始動)作品である『アメイジング・スパイダーマン』は、今のところちょっと遠慮したい気分です。
もし見るとしたら、もう少し時間を空けます。

tag : アクション映画 SF スパイダーマン マーベル・スタジオ

2018-10-29 19:45 : 映画レビュー : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

「金田一耕助を演じてほしい」 名探偵役に必要な要素とは…



先日、「『好きな金田一耕助作品』&『演じてほしい俳優』ランキング」というのが発表されたそうです。
結果はとりあえず、以下の通りとなったようです。

■『あなたの好きな金田一耕助作品』ランキング結果

第1位:犬神家の一族
第2位:八つ墓村
第3位:獄門島
第4位:悪魔が来りて笛を吹く
第5位:悪魔の手毬唄
第6位:本陣殺人事件
第7位:女王蜂
第8位:仮面舞踏会
第9位:病院坂の首縊りの家
第10位:悪霊島

■「金田一耕助を演じてほしい俳優」ランキング

第1位:小栗旬
第2位:大泉洋
第3位:菅田将暉
第3位:高橋一生
第5位:堺雅人
第6位:石坂浩二
第7位:佐藤健
第8位:堂本剛
第9位:綾野剛
第10位:斎藤工


引用元:ORICON NEWS|「好きな金田一耕助作品」&「演じてほしい俳優」ランキング発表


「作品ランキング」1位の『犬神家の一族』は、もはや鉄板中の鉄板です。
私も見ました。
「演じてほしいランキング」1位の小栗旬は、最近、彼の髪型が金田一耕助に寄せてきている影響でしょうか。
8位にランキングした堂本剛は、かつて彼は『金田一少年の事件簿』で、金田一耕助の孫という役を演じていました。
もうぼちぼち、本家本元の金田一耕助の役をやってもいい年頃、という言ことで8位にランキングされたものと思います。
それにしても、堂本剛も『金田一少年』も、かつての全盛期を過ぎての8位というのは凄いですね。
もし、定期的な2時間モノの金田一作品を堂本剛でつくるとしたなら、当然、シリーズタイトルは『金田一耕助の事件簿』になるのかな。
ちなみにではありますが、当の金田一耕助にはモデルとなった人物がいまして、その人物とは言語学者・民俗学者の金田一京助といいう人です。
たしかアイヌ語の研究をされていたのかな。
そのお孫さんというのが、最近クイズ番組などでよく見かける、金田一秀穂さん。
つまり金田一秀穂さんその人が、リアル金田一少年だった、ということですね。
なんか、松潤や堂本剛みたいじゃなくてゴメンナサイといったところですが。

ところで、「金田一耕助を演じてほしい俳優ランキング」で思い出しましたが、こういう推理モノに出てくる名探偵(名刑事でもよい)役で、必要不可欠の要素ってなんだと思いますか。
ポアロのような立派なお髭が似合う人?
鹿撃ち帽が似合う人?
髪型がモジャモジャな人?
それとも、パイプをくわえたときの姿が絵になっている人?
わたくし思うに、それはどうも"声"なのではないでしょうか。
例えば名探偵というのは、第三者などに自分の推理の過程を口頭で説明したり、ラストでトリックを見破って「犯人はアナタだ」に辿り着くまでは、口頭で説明します。
つまり探偵役というのは、口頭説明が重要な要素となります。
その際、視聴者などを惹きつける要素となれば"声"が生命線とも言えるのではないでしょうか。
金田一耕助を演じてきた俳優の中で、もっとも親しまれた俳優さんといえば石坂浩二さんを思い浮かべますが、彼が親しまれた理由はもちろん容姿端麗もありますが、やはり朗読やナレーションでも通用するあの"声"が魅力的だった、というのもあげられるような気がします。
あと、好き嫌いは別として、福山雅治が『ガリレオ』シリーズで当たったのも、"声"の要素が強かったのかもしれません。
そういえば以前、元SMAP草彅クンが推理ドラマで主役を演じていましたが、彼なんかも、使い方次第では探偵役として大当たりしそうです。
もう少し年齢的に若かったら、森本レオさんにも金田一耕助をやってほしかったのですが。

さて、そんなかな「キング・オブ・探偵ボイス」として私が真っ先に思い出すのが、何と言っても刑事コロンボ役の小池朝雄さんです。
その影響から『古畑任三郎』シリーズを作ったとされる三谷幸喜も含め、『コロンボ』シリーズのファンを自認する人たちって、もしかすると、あの小池朝雄さんの声にひかれてファンになったんじゃないかと思うほどです。
石田太郎さんによる新シリーズになってからは「面白くなくなった」という人もいるようですが、それってもしかして"声"が変わったから?

ところで、少し話はずれますが、聞いた人の話によると、かの昭和天皇も『刑事コロンボ』のファンだったらしいです。
昭和天皇とテレビといえば、もはや伝説となったエピソードがあります。
「テレビは何をご覧になりますか?」
という記者のアホな質問に対して、陛下が
「テレビはいろいろ見ますが、放送会社の競争がはなはだ激しいので、今ここでどういう番組が好きかということはお答えできません」
という、イキな答えで返されたという、あのエピソードですね。
陛下はそうおっしゃりながらも、影ではこっそりと『刑事コロンボ』をご覧になっていたんですね。
昭和天皇と小池朝雄の『刑事コロンボ』シリーズ、何とも絶妙な組み合わせと思うのは、私だけでしょうか?

tag : 金田一耕助 テレビ

2018-10-28 20:02 : 雑記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】パルプ・フィクション(1994年:アメリカ)


監督&脚本  クエンティン・タランティーノ
出演     ジョン・トラボルタ
       ユマ・サーマン
       サミュエル・L・ジャクソン 他

<<<『パルプ・フィクション』』のあらすじ>>

強盗の計画を立てているカップルを導入部に、盗まれたトランクを取り戻そうとする二人組のギャング、ビンセントとジュールス。ボスの情婦と一晩のデートをするハメになるビンセント。ボクシングの八百長試合で金を受け取るボクサーのブッチ。誤って人を殺し血塗れになった車の処理に右往左往するビンセントとジュールス。ギャングのボス、マーセルスを軸としたこれらの物語がラストに向けて収束していく……。


引用元:Yahoo!映画|パルプ・フィクション


※)ちょいネタバレ

ちょっと的が外れているかもしれませんが、この作品は純文学の世界観を、そのまま娯楽映画にしてしまったといったような作品です。
作品にはストーリーらしいストーリーはありませんし、凝ったプロットやどんでん返しもない。
ついでに言えばメッセージ性もない。
ただ単に、登場人物たちが映画の筋書きとはあまり関係のなさそうな無駄口をたたきながら、ギャング・はぐれ者としての生活を送っていく。
これはまさに、何気ない日常を巧みな文章表現で描写していく純文学と共通するものを感じてしまいました。
しかもその映画には、50年代から60年代の文化やファッションや音楽が登場してきますから、こういうのを文章化すれば、何だか村上春樹あたりが得意そうです。
とくにジョン・トラボルタとユマ・サーマンのレストランでの会話シーンは、それを感じずにはいられませんでした。
それにしてもアメリカ人って、強盗するときや人を殺す時でも、くだらないジョークを言ったり無駄口をたたいたりするんですね。
この映画がはぐれ者の日常を描いているとするならば、なんだか彼らの気質がわかるような気がしました。
日本だと絶対に、こんな軽快なトークは生まれないのですが。

さて、この映画にはストーリーらしいストーリーはないということでしたが、実は伏線の回収が逆転しているという、何だかややこしくもあり巧みな構造になっている映画でもあるんですね。
ラストシーンでの主人公の2人の決断。
その決断が後に運命の分かれ道になるんですが、その伏線を物語の途中で回収しちゃってるんですね。
ああ、この人はこの場面でこういう決断をしてしまったから、あの場面でこういうことになってしまったのか、という具合ですかね。
それを思うと、一件何気ないエンディングも、ちょっと恐ろしくなってしまいます。

tag : アクション映画 クエンティン・タランティーノ ジョン・トラボルタ

2018-10-27 19:40 : 映画レビュー : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

本当は怖い? 松本人志のド正論



今回の内容は、ちょっとしたタブーに挑戦した内容となっています。
そのため、読む人によっては、とても不愉快な思いになられるかもしれません。
ご了承ください。

※)とりあえず「閲覧注意」ということで。

「死んだら負け」「自殺する奴はバカ」「自殺者を擁護する風潮が嫌い」
お笑いタレント松本人志の、自殺の持論である。
私はこの言葉を聞いたとき、彼はもしかしたら、後輩をパワハラで自殺に追い込んでも平然としていられる人なんじゃないかと思った。
そして彼は、その自殺者の骸を上から見下し
「あーあ、やっぱりこいつはアホやったな」
「ふん、負け犬め」
と、そういうことを呟きそうな気がする。



ところで今年の夏、麻原彰晃をはじめとするオウム真理教の幹部たちが、次々と処刑されたことは記憶に新しいところだ。
この処刑に関してはいろいろと意見もあるようだが、なかには「麻原は動機を語っていない」ということで、この処刑に難色を示している文化人もいる。

自殺の防止と犯罪とその再犯の防止はよく似ていると、私は思う。
私たちはガキのころから、「他人様のモノを盗んではいけない」とか「人のモノを盗むことは悪いことだ」ということを、親や先生から耳にタコができるほどに言われてきた。
にもかかわらず、なぜか人はヒト様のモノに手を出してしまうことがある。
私は「なにがなんでも死刑制度に反対」という立場ではないので、あえて言わせてもらう。
麻原のやったことは間違いなく、死刑に値する。
しかし、「動機を語っていない」という部分に関しては同意できところがある。
麻原とて「人を殺してはいけない」「人を傷つけてはいけない」ということは、子供のころからイヤというほど教えられてきたはずだ。
にもかかわらず、ああいう残虐非道な行為へと駆り立てられてしまった。
いったいその衝動に駆られるものは、何なのか?
その衝動に駆り立てられた「何か」をつき止めない限り、第2・第3の麻原彰晃を生みかねない。
そのためには、麻原には動機や本心を語らせる必要があったのではないだろうか。
たとえそれが、世の中への恨みつらみであっても。

自殺も同じことだ。
「死んだら負け」
「自殺する奴はバカ」
「勝手に死ねば、親や周りの人が悲しむ」
人によっては、そんなことは百も承知のはずである。
それでも人は自殺してしまうのはなぜか?
その衝動に駆り立てられるものは、いったい何なのか?
その衝動を「バカだからに決まってる」と片付けるのは簡単だ。
しかしそうなってくると、たとえ相手をパワハラで自殺に追いやっても、
「死んだアイツがバカなんだ、俺は全く悪くない」
という極論にまで到達してしまう。

自殺の防止と犯罪の防止はよく似ている。
それに駆り立てられる衝動にこそ原因があるわけで、その原因をつきとめなければ、自殺の防止にも再犯の防止にもならないと、私は思う。

原因究明と自殺防止で私が思い出すのは、高島忠夫・寿美花代夫妻の事例だろう。
ご存知の方もおられるとは思うが、高島忠夫さんといえば1998年に重度の鬱病と診断された。
鬱病は自殺の原因にもなりかねないということを理解しておられた花代さんは、とりあえず高島さんから刃物やロープといったような、自殺の道具になりそうなものをすべて遠ざけて自殺の防止に尽力したということだ。
これはちょっと極端な例かもしれないが、もし花代夫人が、鬱は自殺の原因となりうるということを理解しておられなかったら、今ごろあの一家はどうなっていたことだろうか?

たしかに、松本の言っていることはある意味正論かもしれない。
しかし、そんな正論を何十回、何百回唱えたところで、人間というのは、追い詰められればいとも簡単に自ら命を絶ってしまうものなのだ。
悲しいけれど、人間とはそういうものだと思う。
松本はそのことを、きちんと理解しているのだろうか。
もしそれを理解せずに、今後もああいうド正論を吐き続けるとなれば、それはそれで問題かもしれない。
それこそ本当に、松本は後輩をパワハラで殺し(・・)かねない。
それもほとんど無自覚で。
彼には、追い詰められた人間の気持ちというものも、もっと理解してもらいたいものだ。

tag : 松本人志 パワハラ オウム事件

2018-10-26 19:47 : 雑記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】ツレがうつになりまして。(平成23年:東映)


原作  細川貂々
監督  佐々部清
脚本  青島武
出演  宮崎あおい
    堺雅人 他

<<<『ツレがうつになりまして。』のあらすじ>>

仕事をバリバリこなすサラリーマンの夫、通称ツレ(堺雅人)が、ある日突然、心因性うつ病だと診断される。結婚5年目でありながら、ツレの変化にまったく気付かなかった妻・晴子(宮崎あおい)は、妻としての自分を反省する一方、うつ病の原因が会社にあったことからツレに退職を迫る。会社を辞めたツレは徐々に体調を回復させていくが……。


引用元:Yahoo!映画|ツレがうつになりまして。

タイトルから察するに、この映画は闘病記の映画です。
それだけに見ている側がつらくなったり、じゃっかん退屈するのではと思われたのですが、そこは宮崎あおいと堺雅人の抜群の存在感で難なくカバーできました。
そして何と言ってもこの映画、日本映画独特の落ち着いたテンポが妙に心地よく、鬱病という暗い題材であるにも変わらず、それを感じさせない味わい深さがありました。
最近の日本映画と言えば、洋画をモロに意識した、というか無理やり真似たかのような、勢いのあるテンポで物語を進めていくものが多いですが、こちらの方は日本映画独特のゆったりとしたテンポで、まるで物語を噛み締めるように味わえる楽しみ方ができました。
これは裏を返せば、ハリウッドでこんな映画を作ったら、まず退屈すぎて、30分もたたないうちに映画館の席を立つかDVDの停止ボタンを押してしまうかもしれません。

主演の宮崎あおいと堺雅人は、3年前のNHKの大河ドラマ『篤姫』で夫婦役を演じています。
夫婦役と言っても、大河ドラマではこの2人は悲しい運命をたどるようなのですが、Yahoo!映画レビューの中にはそれを知っていてか、「まるで前世の鬱憤を晴らすようにイチャついている」と投稿する人も。
なるほど、私はその大河ドラマはチラッとしか見ていませんが、見ていた人にとってはそういう見方もすれば、よりこの作品は面白いものになるのではないでしょうか。
ちなみにこのころの宮崎あおいは既婚者でしたが、私は堺雅人とは2度目の夫婦役ということで、この2人は本当に結婚するんじゃないかと思ってしまいました。
それというのも、先ほどチラッと見たと言っていた大河ドラマでも、この2人の夫婦役は妙にお似合いだったもんで。

tag : 宮崎あおい 堺雅人

2018-10-25 19:44 : 映画レビュー : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】トータル・リコール(1990年:アメリカ)


原作  フィリップ・K・ディック
監督  ポール・バーホーベン
脚本  ロナルド・シャセット
    ダン・オバノン 他
出演  アーノルド・シュワルツェネッガー
    シャロン・ストーン 他


<<<『トータル・リコール』のあらすじ>>

西暦2084年。火星の夢にとりつかれた一人の技師が、夢による疑似体験を受けようとした事から何者かに命を狙われ始める。今の記憶が植え付けられた物である事を知った男は本当の自分を探すため火星へ飛び立つ……。


引用元:Yahoo!映画|トータル・リコール

当初この映画を見たときは、「絶対に元ネタは寺沢武一さんの『コブラ』だ」と思ったものですが、この映画の原作でるフィリップ・K・ディックの短編小説『追憶売ります』は1966年に発表されました。
『コブラ』が少年ジャンプに連載されたのが1978年ですから、実はこちらの方が先だったんですね。



よくテレビの予告編では、人の顔が半分に割れて、そこからシュワちゃんの顔が出てくる場面がよく流れていましたが、その場面の重要性は、この映画においてはそれほど重要ではありません。
映像としてのインパクトが強いから、「技術的にこういうこともできるんだぞ」的な自画自賛な予告編映像といったところです。
それはともかく映画自体は、シュワルツェネッガー主演ということで、相変わらずカーチェイスや銃撃戦など、ド派手にぶっ放してくれています。
というのも、もともと原作はほんの10ページほどの短編小説であったため、映画用にあとからアクションシーンが付け足されたらしいです。
そんなわけですから、この映画は、シュワちゃんの『ターミネーター』『コマンド―』路線が大好きな方には、決して見て損はないのですが、やはり最後に明かされた「自分自身の意外な正体」には、ちょっと驚かされます。
このあたりも、この映画た単なるシュワちゃん流のアクション映画には収まらない巧みさかもしれません。
ちなみに、2012年にリメイクされた作品は、どちらかといえば原作に忠実らしいです。
10ページほどの小説を、2時間で忠実に再現するというのも、なかなか興味深いところではありますが。

ところで、この映画は近未来を描いたものですが、そこに登場する、旅行会社の予約用のコンピュータやホテルの従業員が使用するコンピュータというが、Windows95以前のスタイルだったというのが、なかなか面白いです。
1990年当時は、ビル・ゲイツの出現は予言できなかったようです。
そういえばドラえもんひみつ道具でも、「未来が写る」といったカメラ系のひみつ道具は、たいていが「チェキ」のようなインスタントカメラです。
本来、未来から来たのであれば、そのひみつ道具も「未来が写るスマホアプリ」のはずなのですが、そうでないあたりがなかなかユニークであります。

tag : アクション映画 SF アーノルド・シュワルツェネッガー

2018-10-24 19:54 : 映画レビュー : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

イチローと野口五郎の不思議な共通点



先日の昼間、何気にテレビを見ていたら、関西ジャニーズのメンバーがT‐岡田のモノマネを披露していました。
T-岡田とはこれまたシブいところを。
そういえば最近、選手登録の名前を、本名とは別の名前にする選手をちょくちょく見かけるような気がします。
T-岡田もそうですし、北京五輪で一躍有名になったG.G.佐藤イチローの二番煎じを狙ったようなサブロー
こういう傾向の先駆けというのは、間違いなくイチローです。
そのイチローに関しては、当初は「鈴木一郎選手の登録名が『イチロー』になった」というニュースを聞いて、違和感を覚えた人も少なくないでしょう。
当時のバイト先の知人も「イチローって…、なんやそれ」と、声のトーンを1割ほど上げてその違和感を表していました。
かくいう私もその1人。
「わざわざイチローにしなくても…、普通に鈴木一郎でええやん」
と思ったものです。
実は同じ時期、イチローが当時所属していたオリックスではもう1人、本名とは別の名前で選手登録をしていた選手がいました。
パンチ佐藤(本名・佐藤和弘)です。
彼は当時、選手としての活躍よりも、トレードマークのパンチパーマとユニークな言動が話題になっていました。
その当時のプロ野球といえば、前年度のJリーグブームによって、その人気が下降気味でありました。
そのファン流出を防ぐための苦肉の策として、イチローやパンチ佐藤といったように、本名とは別に人目に付きやすい登録名で話題をとって、少しでもプロ野球に目を向けてもらおうといった作戦だったようです。
私などは、そのイチローやパンチ佐藤という登録名を聞いて、その違和感と同時に、ある種のプロ野球が抱えている現状に痛々しささえ感じました。
ところがイチローに関しては、その半年後のシーズン終了時には、その違和感や痛々しさがどこかへ吹き飛んでしまったことは、もはや言うまでもありません。
現在では、そのイチローの二匹目のどじょうを狙えとばかりに、G.G.佐藤が出現し、T-岡田が出現し、そしてサブローが出現した。
イチローが出現当時は、その登録名に違和感を感じてしまいましたが、今となっては「イチロー」といいう字面とその音の響きから、もはやあの鈴木一郎の顔しか思い浮かばなくなってしまいました。
「名は体を表す」とはよく言いますが、そこまでに到達するには、よほどの本人の頑張りがないと「名は体を滅ぼす」になってしまうんだなと、つくづく感じました。



実は、そのイチロータイプの「名は体を表す」で、私がどうしても思い出してしまうのが、明石家さんま野口五郎です。
明石家さんまこと杉本高文が、当初師匠である笑福亭松之助からその名前をもらったとき(当時は笑福亭さんまだった)、同期である島田紳助やオール巨人・阪神の目の前で、初めて泣いてしまったと言います。
もちろん本人の談ですから、どこまで本当かわかりません。
ただし、何しろ名前が「さんま」ですから、本人だって、一時的には相当落ち込んだでしょう。
しかしその後すぐに気持ちを切り替えて頑張ったからこそ、いまの明石家さんまがあるのです。
今では「さんま」といいう字面を見れば、あの明石家さんまの顔が、強引に目に浮かんでしまう、という人も少なくはないでしょう。
ちなみに笑福亭松之助さんの着物の裏には、「さんまの師匠」という文字がデカデカとプリントしてあるとか。

野口五郎さんに関しては、その芸名が、北アルプスの中央にある「野口五郎岳」から来ています。
おそらく彼がデビューした当時というのは、その地元の人はかなり戸惑ったかもしれません。
そういえば元AKBのメンバーに生駒里奈という女の子がいたそうですが、地元関西の人間としては、「生駒」といえば、奈良県と大阪府の県境にある生駒山しか頭に浮かびません。
野口五郎さんのデビュー当時も、そうだったかもしれません。
それが今や、地図帳などで「野口五郎岳」を発見すると、もはや山のてっぺんで野口五郎が『私鉄沿線』を熱唱している姿しか思い浮かばなくなってしまいました。
彼もまた、イチローや明石家さんまのように、自らの努力で名を体に表してしまった有名人の典型的な1人かもしれません。

そういえば小学校のころ、「おい、地図帳に『野口五郎』って書いてあるぞ!」といって、クラス中で少々盛り上がった記憶があります。
これはおそらく「野口五郎岳」のことを言っていたのだと思いますが、当時の小学生といえば、野口五郎といえば「野口五郎岳」ではなく歌手の「野口五郎」です。
それだけに、アイドル的な存在だった野口五郎という名前が教科書に載るというのが、とても珍しく、またそれを見つけたときにはとても嬉しかったのでしょう。
ちなみに、それと同じころ「おい、地図帳に『トルコ』って書いてあるぞ!」と、少し盛り上がった記憶もあります。
おそらくそれは男子生徒だけで、だったと思います。
なにゆえ地図長に「トルコ」と書いてあるだけで、そんなに盛り上がるのか。
それはもう、私と同世代以上の方ならお察しがつくと思います。

tag : 野球 イチロー 野口五郎 明石家さんま

2018-10-23 20:14 : 雑記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】スパイダーマン2(2004年:アメリカ)


監督  サム・ライミ
脚本  アルヴィン・サージェント
出演  トビー・マグワイア
    キルスティン・ダンスト

<<<『スパイダーマン2』のあらすじ>>

グリーン・ゴブリンとの死闘から2年。大学生となったピーター(トビー・マグワイア)はメリー・ジェーン(キルスティン・ダンスト)への思いを募らせていた。一方、スパイダーマンを憎む親友ハリー(ジェームズ・フランコ)との関係も複雑になっていて……。


引用元:Yahoo!映画|スパイダーマン2


※ちょいネタバレ

前作から2年、スパイダーマンはよりパワーアップして、もとい、より迷走と苦悩を繰り返して帰ってきました。
今回の敵も、科学者がバケモノに規制されるという設定です。
そのため、なぜ科学者がバケモノになってしまったのかの過程がちょっと難解です。
しかも今回の作品でも、スパイダーマンは敵と戦うだけはなく、前回同様ヒーローとして苦悩しまくります。
しかも、苦悩するだけ苦悩したあげく、遂にはヒーロー廃業へと追い込まれてしまいます。
そんな彼を、伯母さん救う場面が感動的です。
そしてヒーローに戻った彼が、列車の脱線事故から人々を救う場面もこれまた感動的。
おそらくその場面は、私の一番のお気に入りかもしれません。
そんな彼の行く末は一体どうなるの?
もうね、あのラストシーンを見てしまうと、「パート3、見なくていいや」という気分にさせられます。
ん? パート1のレビューでも、たしかそんなこと書いたな?
つまり、それほどこのシリーズは1作1作の密度が濃いということでしょうか。
でも、やっぱり見てしまうんでしょうね。
パート1のときのレビューでも書きましたが、なぜアメコミの実写化で『スパイダーマン』だけがこれほどまで息が長いのか?
その理由が、改めて実感させられる作品でありました。

tag : アクション映画 SF スパイダーマン マーベル・スタジオ

2018-10-22 20:07 : 映画レビュー : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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軽度の発達障害。
それに伴い中度の社会不安障害を誘発した模様。

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