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【映画レビュー】ヒックとドラゴン(2010年:アメリカ)



<<『ヒックとドラゴン』のあらすじ>>

バイキングの少年ヒックが出会った思いがけない友達、それは傷ついて飛べなくなったドラゴンのトゥースだった。
でも、バイキングとドラゴンは昔から敵同士。それでもトゥースを守るため、こっそりと食べ物をあげるヒック。
ところがある日、トゥースがみんなに見つかってしまった。「人間もドラゴンも同じなんだ、戦わなくていい」と決意するヒック。
それは、バイキングの世界をも変えてしまう奇跡の幕開けだった・・・


引用元:Amazon|ヒックとドラゴン ブルーレイ&DVDセット


ちょっと意地悪な見方をすれば、この映画は十分に政治利用できる映画であります。
見てくれの怖いドラゴンと敵対する人間。
しかし、物事というのは決して思い込みで判断してはならない。
「僕たちは味方同士、戦う必要はない」

しかし現実としては、この映画のように本当に理解し合えるかどうかは別として、ストーリーとしてはなかなかにして面白いです。
ドラゴンと人間、もっと平たく言えば猛獣と人間、怪獣と人間が登場する物語と言えば、たいてい両者の間にウルトラマンのようなヒーローが現れて、猛獣・怪獣をやっつけてくれる、というのが好まれるストーリーです。
ところがこちらはそれらとは違い、最終的には共存しようというのですから、ある意味無茶苦茶です。
しかし、本来共存しえないものを、あの手この手を使って共存させていくという物語には、ある種のダイナミックさがあり、それが万人にウケることもよくあります。
私が思うにその物語の原点は、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』ではないかと思うのですが(こちらは悲劇に終わりましたが)。
この映画は、そんなダイナミックな展開を3Dを駆使して表現しているわけですから、面白くないわけがないわけです。
いちおう子供向けの映画ではあるようですが、大人だって十分に楽しめます。
映像的にはドラゴンの空中戦とかは、3D映像ならではの迫力です。
おそらく『カーズ』シリーズのカーチェイスが好きな人なら、わかっていただけるとかと。



↓この物語の元ネタは、この歌詞だったりして。
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tag : ファンタジー アニメ

2018-09-30 19:56 : 映画レビュー : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】グレイストーク -類人猿の王者- ターザンの伝説(1983年:イギリス)



エドガー・ライス・バローズの原作を忠実に再現したのがこの映画だそうです。
ターザンとえばご存知、あの雄叫びを挙げながら木の枝から枝干支飛び移り、悪を退治していく正義のヒーローのように描かれることが多いですが、こちらのターザンはそう言ったこととはほとんど無縁、人間として苦悩するターザンの姿が描かれています。

<<『グレイストーク -類人猿の王者- ターザンの伝説』のあらすじ>>

アフリカ沖で海難事故にあったスコットランドの貴族、グレイストーク伯爵(ラルフ・リチャードソン)の息子夫婦がジャングルに打ちあげられ、妻はそこで赤ん坊を産むが間もなく赤ん坊を残して夫婦共に命を落としてしまう。その赤ん坊は自分の赤子をなくしたばかりだった雌猿を育てられ、類人猿達の王者へと成長した。そんな折、彼が偶然助けた探倹隊の生き残りが彼がグレイストーク伯爵の孫であることに気付き、彼、ジョン・チャールズ・クレイトン(クリストファー・ランバート)を連れてスコットランドに向う。初めて文明社会に触れたジョンは、次第に文明社会に馴染んでいくのだが…。


引用元:Amazon|グレイストーク -類人猿の王者- ターザンの伝説


本作品におけるテーマ(苦悩するターザンや文明社会への皮肉)は、ありとあらゆるレビューで解説されていますが、それとは別に、私が特筆すべきはクリストファー・ランバートの破壊力満点の存在感です。
絞りに絞った肉体美と、獲物を狙うような野性味満点の鋭い目つき。
あれを見た日には、おそらく夢に出て来ることは間違いないでしょう。
私はターザンの映画といえば、他には『ターザン:REBORN』ぐらいしか見たことがありませんが、おそらく歴代ターザン役としては彼がナンバーワンなんじゃないかと思うほどです。
原作を忠実に再現した作品というだけあって、それ相応のキャスティングをしたのでしょうが、まさに大正解です。
それともうひとつは、『猿の惑星』顔負けの野生の猿のクオリティーの高さ。
あれを演じているのは人間らしいのですが、本当に本物の猿の動きなどを徹底的に研究しているのがよくわかります。
あれに対抗できるのは、FUJIWARA原西ぐらいではないでしょうか。
ターザンとしての存在感やジャングルの完成度、そして英国貴族のしきたりなど、これほどのクオリティの高い演出がなされている映画って、そうないのではないでしょうか。

ところで余談ではありますが、私はこの映画を、TBSのの『火曜ビッグシアター』と、淀川長治さんの『日曜洋画劇場』で見たことがありました。
そして今回のノーカット版を見た限りでは、劇場版に忠実に編集されていたのは、後者の『日曜洋画劇場』の方でした。
同じテレビの洋画劇場でも、なぜ『日曜洋画劇場』が長寿番組になったのか、何となくわかったような気がしました。



↓ターザンといえば、こちらの曲も思い出します。

曲名:ターザン・ボーイ/バルティモラ

tag : 人間ドラマ ターザン 歴史

2018-09-29 19:41 : 映画レビュー : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

衝撃事実! 実は私は○○だった!

広島東洋カープ優勝しましたね。
関係者の皆様ならびにファンの皆様、おめでとうございます。

以前の記事でも書かせていただきましたが、私はニワカではありますが阪神ファンです。
当然、ニワカでありますのでとりあえず応援はしているのですが、詳しい状況などはほとんどわかりません。
今は最下位争いをしているのか、それともCS進出に向けて頑張っているのか。
早い話、今は昔ほどプロ野球を見なくなったということですね。
昔ほどと言いましても、その時代だって熱心に見ていたというわけではないのですが。

さてそんな私ですが、実は中学生のとき、広島カープに少し入れ込んでいた時期があったんですよ。
理由は情けないのですが、阪神ファンで私より喧嘩が強かった弟に、
「広島ファンになれ、そしたらいろいろと言い合いができる」
といわれて、広島ファンになってしまった次第です。
それで弟と言い合いになったのかというと、そうでもなく、彼がいろいろ言ってきても無視していました。
ただし、そのころと言えば周りのほとんどが阪神ファン(もしくは巨人ファン)のなかで、広島ファンを公言することは、変な優越感を感じたものでした。
やはり俺は人とは違う、みたいなやつですね。
ただ、ファンを公言していたからと言って、野球そのものに詳しかったかどうかは、いまひとつ怪しいものがありました。
知ってる選手と言えば、山本浩二選手と衣笠選手ぐらいのもので、他はそれほど知りません。
この頃からプロ野球に関してはニワカだったんですね。
その後、弟もあきらめたのか、2年足らずであまり私に対して全くいろいろと言わなくなりました。
言わなくなるにつれて、私のひいきチームも広島から少しづつ阪神に移行していきました。
そして決定的だったのが、85年の阪神優勝です。
その日以来、私はもう堂々と阪神ファンを名乗るようになりました。
ただし85年は、阪神がペナントレースを優勝するまでは、まだまだ宙ぶらりんな状態で、人によっては広島ファンを公言したり阪神ファンを公言していたりしたので、ちょっと周りに人も困惑していたのも事実です。

ところで、ここでひとつの疑問が湧いてきます。
「弟さんに『広島ファンになれ』と言われる前は、どこのファンだったの?」
という疑問です。
私が広島ファンになる前は、実はナント巨人ファンだったんです。
まさに文字通り「何だよそれ」ですよね。
以前の記事では「アンチ巨人」を言っておきながら、ガキの頃は巨人ファンって。
しかもガキのころは、巨人の監督をしていた時は大キライだった王貞治の筆箱を、自慢げに持っていたくらいですから。
ちなみにソフトバンク・日本代表の監督になられてからは、また王さんのことが好きになっちゃいましたけど。
それにしてもなんと言いましょうか、優柔不断と言いましょうか洗脳されやすいと言いましょうか。
良い言い方をすれば、考え方が柔軟だったのか。
しかし最近は、歳をとってからというもの、その柔軟性すら失われつつあります。
今もし「もう一度巨人ファンに戻れ」と言われれば、三日三晩悩み抜きます。
あの頃、巨人ファンから広島ファンになったときは、ほとんどヤケのヤンパチでしたが、今となっては、あのときのような大冒険はできなくなってしまってます。
そう言えば、落語家の桂文枝(当時・桂三枝)さんは、大人にになってから3日間で巨人ファンを辞められたそうで、そのコツを書籍にまでされていたはずです。
創作落語の頂点に立たれる文枝さんは、創作活動されるだけあって、さすがに頭が柔らかいです。
もっとも、頭が柔らかすぎるから何度も何度も不倫を繰り返されるようではあるみたいですが。

ところで、「いろいろ言い合いできるから広島ファンになれ」といってきた弟ですが、今にして思えば、相手が巨人ファンだと何かとやりづらかったこともあったのかもしれません。
さすがに広島の悪口は言えても、巨人の悪口は言えなかったようです。


曲名:ヒロシマ・モナムール/アルカトラズ

tag : 野球 広島カープ

2018-09-28 20:22 : 雑記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】マイノリティ・リポート(2002年:アメリカ)



映画を見終わった後に知ったのですが、こちらの作品もスティーブン・スピルバーグ監督作品だったようです。
しかも主演がトム・クルーズ、原作が『ブレードランナー』の人(フィリップ・K・ディック)とくれば、もはや最強のトライアングルです。

<<<『マイノリティ・リポート』』のあらすじ>>

西暦2054年、ワシントンDC。政府は度重なる凶悪犯罪を防ぐ策として、ある画期的な方法を採用し、大きな成果をあげていた。それは、“プリコグ”と呼ばれる3人の予知能力者によって未来に起こる犯罪を事前に察知し、事件が実際に起きる前に犯人となる人物を捕まえてしまうというもの。ジョン・アンダートンはその犯罪予防局のチーフとして活躍していた。しかし、ある日、ジョンは自分が36時間以内に見ず知らずの他人を殺害すると予知されたことを知る。一転して追われる立場になったジョンは、自らの容疑を晴らそうと奔走するのだが…。


引用元:Yahoo!映画|マイノリティ・リポート


予知夢を見させて犯罪を予防するなどということは、ある意味の理想的な社会なのでしょうが、それに伴う行き過ぎた取り締まりなどというのも問題視されることでしょう。
ただ、本作品はそんなこととはほとんど無関係。
未来予知によって犯罪者にさせられた主人公と、それを追う警察官の、息をもつかせぬ追跡劇です。
舞台が近未来ということもあってか、劇画やアニメ(鉄腕アトム)のような世界観が、そっくりそのまま実写化されていて、それを見るだけでも、何だかワクワクさせられます。
こういうのは、好きな人が見ればたまらないでしょう。
ただ「未来予知による防犯システム」という、テーマがテーマだけに、こういう娯楽性の強い見せ方をしてしまうと、作品にインテリジェンスを期待した人にとってはかなり不満の残る作品になることも間違いないでしょうでしょう。
私は最初からそう言うものは期待していなかったので、十分に楽しめましたが、やはり「未来予知による防犯システム」が採用されたらどうなるだろう、等と少し考えてしまったのもこれまた事実。
こういうのは1人の偉大なる監督が「こうなりますよ」と結論を出すよりも、1人1人がどう考えるかが重要なのかな、などと考えたりもしました。
そう考えると、スピルバーグはこの作品を通じて、何か重たい課題を突き付けたような気がしないでもないです。

tag : SF 近未来 トム・クルーズ スティーブン・スピルバーグ

2018-09-27 20:08 : 映画レビュー : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】オールウェイズ(1989年:アメリカ)



<<『オールウェイズのあらすじ>>

無茶な飛行でいつも周囲をはらはらさせているコロラド州の森林火災の消火隊員ピートは、非番の日に起きた山火事の消火活動に出動した際、飛行機にトラブルが起こった同僚のアルを助けようとして、爆死してしまう。天国に行ったピートはハップという天使と出会い、彼女の命で現世に舞い戻り、パイロット養成学校の生徒テッドに守護霊としてアドバイスを与えることになる。

ところが、テッドがかつての恋人ドリンダに恋をしている事を知ったピートは苦悩する。


引用元:Wikipedia|オールウェイズ


主人公が幽霊になって元カノの前に現れる(元カノには見えない)というプロットは『ゴースト/ニューヨークの幻』が源流にあるように思われます。
しかし、その『ゴースト』の方があまりにも有名になり過ぎたために、こちらの『オールウェイズ』の方が忘れ去られているんじゃないかと思えます。
しかし制作年を見てもお分かりのように、実はこちらの方が『ゴースト』よりも早いわけで、そう考えると本来ならばこちらが元ネタ、ということになってしまいます。
ところが、どういうわけか『オールウェイズ』の方は『ゴースト』の陰に隠れてしまって目立たなくなってしまっていますが、これはもしかしたら『ゴースト』の方が筋書きと言いますかプロットの巧みさが一枚も二枚も上ということだからでしょうか。
そういうことになれば、私の食わず嫌いな性格も少しは見直して、『ゴースト』の方も見ないといけないですね。

さてこの映画は、巨匠スティーブン・スピルバーグが10年間暖めてきたラブストーリーということです。
スピルバーグと言えば、何と言っても宇宙を舞台にした冒険活劇とか、地球の平和と言ったように、扱うテーマがものすごく壮大です。
ところが、今回の映画はいきなりラブストーリーという、極めてパーソナルなテーマを扱っています。
もちろん、幽霊が登場するなど、その筋書きは彼らしいファンタジックなものですが。
しかし、そこがこの映画の大いなるミソで、もはやスピルバーグが扱うテーマは、宇宙や人類愛を通り越して、魂の救済にまで及んでいたのです。
スピルバーグもとうとう、行くところまで行っちゃったと言った感じです。

ちなみにこの映画、オードリー・ヘップバーンが出演した映画の最後の作品であります。



↓オールウェイズといえば、やはりこの曲を思い出します。

tag : ラブ・ストーリー スティーブン・スピルバーグ オードリー・ヘップバーン

2018-09-26 19:48 : 映画レビュー : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

音楽によって嫌われてしまったSMAP

最近とあるブロガーさんの記事で知ったのですが、どうやら近年できた新しいスポーツの一種に「キンボール」というのがあるらしいです。
このスポーツについていろいろググったり、YouTubeで検索したりして見ますと、ルールはいまいちわかりませんでしたが、どうやら発祥地はカナダのケベック州だったり、日本では摂津市がめっぽう強いとか、いろいろなウンチクがネット上でアップされていました。
私と同世代の方などは「キンボール」といえば、TOTOのリード・ボーカルのボビー・キンボールを連想する方もいらっしゃると思いますが、それ以外だと競馬の馬のエイシンキンボールを連想する方もおられるかもしれません。
そういえば20年ほど前、まだエイシンキンボールが現役バリバリだったころ、競馬好きの仕事場のおっっちゃん連中はこの名前を聞いて
「キンボール!? なんちゅう名前や!」
と半ばあきれ顔でびっくりしていました。
どうやらそのおっちゃん連中にしてみれば、キンボール⇒金ボール⇒金○○、と自動変換されたみたいです。
たしかに、日ごろからそんなことばかり考えている人にとっては、、そういう自動変換も可能ですよね。

さて今回の本題はそんな金た…、じゃなかった、もうひとつのキンボールがボーカルを務めるTOTOに関連した話題です。。
TOTOといえば、知っている人は知っていると思いますが、80年代を代表するロック・グループで、かつてはグラミー賞を独占したこもあるほどのスーパー・グループです。
そんな彼らが、ことあろうに日本の人気バラエティ番組『SMAP×SMAP』の歌のコーナーに出演してしまったんです。
そしたらどうなったか。
グループのフロントマンであるスティーブ・ルカサーが、SMAPのあまりの歌の下手さ加減に激怒してしまったんです。
それもあまりの下手さゆえに、彼らにその場で歌のレッスンまでしてしまったとか。
ただしキムタクの歌唱力は認めていたみたいですが。
先述したように、TOTOというグループは80年代を代表するロック・グループであり優秀な音楽集団でもあります。
とくにリーダー格的存在であるスティーブ・ルカサーはギタリストとしても一流で、しかもボーカルも出来るほどの才能の持ち主です。
これまでにも、数々の有名ミュージシャンとセッションしたほどです。
そんな彼だからこそ、SMAPの歌の下手さには我慢ならなかったのでしょう。

実はこのSMAPに関しては、それに相反するような興味深い事例があります。
それは2000年ごろでしょうか、当時は20世紀の総決算としていろいろな特番をやっていた時期です。
そんな特番の中に、『21世紀に残したい名曲』と言ったような歌番組がありました。
そのとき司会をしていたのが、アナウンサーの徳光和夫さんとSMAPの中居くん(中居正広)です。
番組ではいろいろな20世紀を代表する名曲が紹介されていたのですが、数曲目ぐらいに美空ひばりさんの『川の流れのように』が紹介されたときでした。
ひばりさんの歌唱VTRが終わったあと、徳光さんが中居くんに言ったコメントが今も忘れられません。
「もしひばりさんが生きておられたなら、あなたがた(SMAP)も、ひばりさんの家に招かれたでしょうね」
日本歌謡界の女王として長年君臨されていたひばりさんは、とんねるずチェッカーズと言った時のスターとも交流が深かったことは、よく知られています。
もちろん徳光さんとも。
そんなひばりさんだからこそ、当時人気絶頂だったSMAPとも交流があっても不思議ではありません。
しかしよく考えてみてください。
美空ひばりとTOTOとでは、ファンには申し訳ありませんが、美空ひばりの方がキャリア的にもカリスマ的にも実力的にも全然上です。
にもかかわらず、TOTOのスティーブ・ルカサーはSMAPを激怒して、ひばりさんはSMAPを認めた。
似たような事例としては、小田和正さんはSMAPの中居くんと何の抵抗もなくジョイントしたことがある。
一体このこの違いは何でしょう?
もちろんTOTOのメンバーがSMAPを知らなかったというのもあるとは思いますが、どうもこの違いはアイドル文化が根付いているか根付いていないかの違いではないかと思われます。
前回の記事で、高須クリニックの高須克弥院長が「顔の評価は掛け算だ」と評したことを伝えましたが、それに倣って言うならば、アイドルの評価は足し算もしくは平均値で決まるのではないか、と思われます。
たとえ中居くんの歌が0点でも、それ以外の点数で稼ぐことができればアイドルとしては合格点なのです。
例えばルックスはもちろんのこと(アイドルですから)、歌がダメでも芝居ができる、ダンスが上手、最近では笑いが取れる、も評価の対象です。
そういった足し算、あるいは平均値でアイドルの評価は決まる。
このことはアイドル文化が根付いた国で育った人間でないと、なかなか理解できないところがあります。
ひばりさんも小田和正も、アイドル文化が根付いている日本という国に生まれ育ったからこそSMAPや中居くんを評価しましたが、TOTOやスティーブ・ルカサーのように、アイドル文化が根付いていない国で育った人間にとっては、SMAPを音楽や歌唱力でしか評価できないのではないでしょうか。
よく音楽に国境はないとか、音楽は世界共通語、音楽は文化の壁を越えられる、などといわれますが、SMAPとTOTOとの関係を遮断してしまったのは、皮肉にも他ならぬ音楽だった、といういことです。

↓こちらがTOTOの楽曲です。ボーカルはスティーブ・ルカサー


↓おそらくTOTOの最大のヒット曲。高い方の声がボビー・キンボールです。

tag : SMAP TOTO 美空ひばり 中居正広

2018-09-25 19:42 : 雑記 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】ラスト・ウィッチ・ハンター(2015年:アメリカ)



<<<『ラスト・ウィッチ・ハンター』のあらすじ>>

今から800年前。魔女の女王により家族を殺されたコールダーは、女王に対して復讐を成し遂げるが、その代償により不老不死の呪いをかけられてしまう。それから現代に至るまで、コールダーは「魔女ハンター」として人知れず戦いを続けており、彼の相棒となる神父には「ドーラン」の名が授けられていた。

そんなある日、長年相棒を務めてきた36代目ドーランが何者かに殺害される。彼を殺したのは、自身が800年前に葬ったはずの魔女の女王であると知ったコールダーは、37代目ドーランと共に女王を再び亡き者にしようと決意する。


引用元:Wikipedia|ラスト・ウィッチ・ハンター



この手の映画というのは、俗に言う「ジェットコースター型ムービー」というやつですね。
これに属するものと言えば、古いものだと『スター・ウォーズ』シリーズや『スタートレック』のようなSFもの、『ランボー』や『コマンド―』のような筋肉バカアクションものと言ったところでしょうか。
早い話、多少英語がわからなくともテキトーに字幕を追っていれば楽しめてしまう映画です(日本人の場合)。
そんな「ジェットコースター型ムービー」も日々進化しているようで、かつてはSFやアクション映画が主流だったのですが、ここ数年はさらに『ハリー・ポッター』や『ロード・オブ・ザ・リング』のようなファンタジーへとその活躍の場を移行しつつあるようです。
そんなファンタジー映画の特徴は、なんといっても「魔物狩り」。
魔女や悪魔や凶悪な魔法使いを、あの手この手の手段やアイテムを使って退治していくものです。

ここ最近、トム・クルーズの『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』や、マーベル・スタジオの『ドクター・ストレンジ』と言った映画をほぼ立て続けに見たからでしょうか、この映画のDVDを借りてしまったときには、「しまった、また魔女狩りだ」と、少々後悔してしまいました。
そうなんですよね。
SFやアクションと言った「ジェットコースター型ムービー」もネタが枯渇し始めると、今度はファンタジーのような「魔物狩り」へと移行する。
その「魔物狩り」も『ハリー・ポッター』や『ロード・オブ・ザ・リング』をピークにネタが枯渇気味になっているようです。
実際この作品も、魔女狩りの歴史やら魔法の薬の配合など、劇中でいろいろな御託を並べて謎解き要素を入れ込んでいますが、ちょっと限界を感じたかな。

少々例えが下品かもしれませんが、この手の「ジェットコースター型ムービー」も、だんだんとアダルトビデオ化しているんじゃないかと思えます。
かつての日活ロマンポルノは脚本もしっかりしていましたが、これがアダルトビデオになると脚本うんぬんよりも「この女優さんのエッチが見たい」になってきます。
この作品も、ヴィン・ディーゼルやマイケル・ケインが見れただけで満足、という方も少なくないようです。
もちろん、その名の通り「ジェットコースター・ムービー」ですから、日常のモヤモヤを吹き飛ばしたい方には、うってつけの作品です。

tag : SF 魔女狩り ヴィン・ディーゼル

2018-09-24 19:44 : 映画レビュー : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】本能寺ホテル(2017年:東宝)




<<『本能寺ホテル』のあらすじ>>

倉本繭子(綾瀬はるか)は、会社の倒産を機に恋人の吉岡恭一(平山浩行)にプロポーズされ、恭一の両親の住む京都へ向かう。京都に着いた繭子は、路地裏にある“本能寺ホテル”に導かれ、気が付けば1582年の本能寺にいた。繭子は現代と1582年を行き来しながら、織田信長(堤真一)や森蘭丸(濱田岳)と交流を果たす。その日は信長が暗殺された本能寺の変の前日だった。


引用元:Yahoo!映画|本能寺ホテル


こういうタイムスリップ物の面白さと言えば、主人公である現代人の登場により歴史が狂いそうになり、その帳尻を合わせるために現代人である主人公が奮闘する、という筋書きです。
バック・トゥ・ザ・フューチャー』などはそういった類ですし、ドラえもんの映画でもそういった筋書きがあったような気がします。
本来であれば、綾瀬はるかの天然キャラを思う存分に生かせるなら、そういった筋書きでもよかったとは思うのですが、この作品では、あえてその鉄板手段を取りませんでした。
これはある種の"挑戦"ともいえるでしょう。
その一方で、先述した筋書きだと、力作が出来上がる反面、大失敗に終わる可能性大きい。
そういった意味では「やや無難にまとめた」作品でもあります。
そんな今回の作品の焦点は、ズバリ、人生に行き詰った主人公・倉本繭子の悩みでしょうか。
彼女が抱える将来の悩みからの解放と人間的な成長を促すきっかけを作ってくれた人物こそ、ほかならぬ織田信長だった。
その焦点がとてもユニークで、彼女の出現によって、信長自身も何かが変わろうとしている当たりも、これまたユニーク。
現代人と信長の、ちょっとした心の交流というもの、この映画の見どころの一つかもしれません。

ところで、私は映画を見ているとき、時折、妙に忘れられないセリフというのが登場します。
今回も登場しました。
主人公の綾瀬はるか演じる倉本繭子がタイムスリップしたときに
「大河ドラマで見たことがある」
というセリフをお侍さんに発します。
おそらくそのセリフを聞いた99パーセントの人が、
「おめえも出てただろ」
とツッコミを入れまくったことでしょう。
あのセリフ、綾瀬さんのアドリブだったのかな?
それとも監督さんの遊び心?
ちょっと気になるところではあります。

tag : 歴史 時代劇 綾瀬はるか 堤真一 織田信長

2018-09-23 19:39 : 映画レビュー : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

パワハラ・体罰問題で思い出す、ひいおばあちゃんの言葉

先日『バイキング』を見ていましたら、少年野球の体罰問題が取りざたされていました。
ここ最近になって、この手の問題がやたらと多くなってきているような気がします。
たしか、その裏の『ひるおび!』では、大坂なおみ選手とそのコーチについての話題でした。
『バイキング』では大坂選手の話題には触れていませんが、ここ最近のパワハラ問題や体罰問題に触れるたびに、この大坂選手とそのコーチとの関係を対比する人も少なくないようです。
私は体罰には反対の立場なのですが、大坂選手のコーチと少年野球などのスパルタ式の指導法を対比するのも、少々いかがなものかと思うこともよくあります。
少年野球とか高校野球の選手たちというのは基礎体力や技術面など、まだまだ未熟な面が多いです。
それに対し、大坂なおみ選手などは才能の塊です。
極端な話、ひと言ふた言のアドバイスですぐに理解できる大坂選手に対し、高校野球や少年野球は一から教えないといけないことだってあるのです。
おそらく大坂選手だって、基礎体力的にも技術的にもまだまだ未熟だったころには、高校野球や少年野球バリの厳しいトレーニングを受けていたかもしれません。
もちろん、パワハラとか過度の体罰は無かったでしょうが。
そんな対照的な両者ですから、高校野球や少年野球に、現・大坂選手と同じコーチングができるはずが無いのです。

ところで、私が体罰と聞いてどうしても思い出すのが、母方の曾祖母の逸話です。
私の母は第一子でした。
そして第二子として待望の男の子が生まれたのが、私の叔父です。
曾祖母は待望の男の子を生んだ自分の娘(私から見れば祖母)に対して、こういったと言います。
「ええか、男の子を育てる時はな、差し違える覚悟なないとあかんのやで」
そんな曾祖母ですから、彼女は自分の息子(私から見れば大伯父)に膝を交えて説教するとき、両者の間に出刃包丁を置いて息子に説教したと言います。
なんだかとても恐ろしいような気がしないでもないですが、これは体罰の本質と似ているように思います。
体罰はいけないことです。
しかし、教育の現場にいれば、「今こいつを殴らなければ、こいつは一生ダメになる」という場面に一度や二度は遭遇します。
そんな時、殴る側は「こいつと刺し違えても構わない」という覚悟が必要なんじゃないかと。
つまり、一発殴ることによって、今まで築き上げてきた自分の地位や名誉というものをドブに捨てることになるかもしれない。
それでも今こいつを殴らなければ、こいつは一生ダメになる。
そんな覚悟ですね。
『バイキング』を見たときもそうでしたが、最近の体罰問題を見てみると、選手たちに手をあげる最近の指導者には、そういった覚悟があるのだろうかと、疑ってしまいます。

そういえば2013年頃でしょうか、女子柔道選手への体罰問題が大々的に報じられたことがありました。
そのとき、選手から訴えられた指導者は慌てふためいたとのことでした。
さらに指導者は、告発した選手に対し「なんでこんなことをするんだ」と問い詰めたとか。
人から聞いた話なのでその真偽はわかりませんが、もし本当に殴られた選手に告発されて、その指導者が慌てふためいたとしたなら、これほどみっともない話はありません。
告発を受けて慌てるぐらいなら、最初っから体罰なんてやらなければいいのです。

よく体罰でも「愛情があればいい」などという人もいますが、愛情というのはときおり自己犠牲と同等に扱われます。
「俺はすべてを失っても構わない」
そういう覚悟こそ、愛情のある体罰なんじゃないのでしょうか。

↓スパルタ式の本家本元といった感じです。

tag : パワハラ 体罰問題 教育 高校野球 大坂なおみ

2018-09-22 20:10 : 雑記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

【映画レビュー】カリフォルニア・ダウン(2015年:アメリカ)



※注)この映画には地震や津波のシーンが含まれます。

<<<『カリフォルニア・ダウン』のあらすじ>>

平穏な日々を襲った、カリフォルニアを襲った巨大地震。 ゴールデンゲートブリッジ、ビバリーヒルズの崩壊、吹き飛ぶハリウッドサイン。 前代未聞の危機的状況の中、レスキュー隊のパイロットであるレイは、サンフランシスコに残された一人娘を救うため、ロサンゼルスから約600km離れた土地に向かう決意をする。たとえ、自分の身を危険にさらしても、絶対に諦めない、必ず自分が守る、娘への愛がレイを前に突き動かす。倒壊寸前の高層ビル、幾度となく続く困難の中、一人の父親として、災害に巻き込まれた、愛する一人娘のもとへと向かう。 娘もまた、父親の助けを信じ、待ち続けていた―。


引用元:Filmarks|カリフォルニア・ダウン


通販レンタルでこの作品が届いたときは、ちょうど北海道地震の2日後でした。
見ようかどうか迷ったのですが、結局、見ることにしました。
で、実際見てみたのですが、これがまぁなんと言いましょうか、レベルが格段に上がったCG技術をこれでもかという具合に見せられたような作品でした。
地震によるビルの崩壊、街全体を覆いつくす火災の数々、そして津波。
あまりにもリアルすぎます。
いえ、リアルすぎるゆえに、見る人が見ればトラウマになってしまうんじゃないかと思ったほどです。
聞いた人の話だと、この映画の津波のシーンは、例の東日本大震災の津波を見て研究したというのですから、何と評していいのやら。
CG技術が上がったなら何をやってもいいのか、と言いたくもなります。

とまあネガティブなことを書いていますが、これは裏を返せば、それだけCG技術が素晴らしかったということですね。
これまた不謹慎ですが、この映画を北海道地震の前に、いえ、東日本大震災の前に見れば、おそらく日本人の感想は180度違ったものになったかもしれません。
それを思うと何だかもったいない。
これは言うなれば、大規模なる才能や技術の無駄遣い映画でありました。
おそらく、あまり地震災害とはほとんど無縁のアメリカ人が見れば、めっさ興奮する映画であったことは間違いないでしょう。

主演は元プロレスラーのドウェイン・ジョンソン。
役柄はレスキュー隊ということだけあって、ガタイの良い人を選んだようです。
これが80年代だと、シュワちゃんかスタローンあたりが起用されたのでしょうか。
シュワちゃんもスタローンも、マシンガンで人を殺しまくる役ばかりやらずに、こういう役もやってほしかったのに。
と、この映画を見て、少し頭をよぎりました。

tag : パニック映画

2018-09-21 19:41 : 映画レビュー : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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Author:かんた
軽度の発達障害。
それに伴い中度の社会不安障害を誘発した模様。

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