FC2ブログ

まるでリアル・オオカミ少年



先日の『奇跡体験! アンビリーバボー』は「仰天&奇跡!家族の絆2時間SP」でした。
これは読んで字のごとく、家族のきずなをテーマにした企画だったのですが、そんな企画のなかで、夫が妻を30年間監禁し絞殺した、という実際に起きた事件を取り扱ったコーナーがありました。
その夫婦に子供はなく、妻は30年間人前に姿を現さず、おまけに夫は近所に悪態をつきまくって周りからも嫌われている。
再現VTRの前半だけを見れば、明らかに夫が妻監禁しあげく首を絞めて殺したかのように見えました。
しかし実態はそうではありませんでした。
てんかん発作が激しかった妻は、外出も嫌がるほどの出不精になり、おまけに医者にも見せられないほどの金欠病でした。
夫はそんな妻を献身的に介護をし、妻も夫に絶大なる信頼を寄せていた。
妻の死亡後の家宅捜索では、妻が夫にあてた大量のラブレターが発見され、夫は無罪に。
夫は妻を30年間監禁していたどころか、お互いに深い愛情で結ばれていたのです。
VTRが終わるとスタジオゲストやレギュラーのバナナマンや剛力彩芽らも、感動のコメントを寄せていました。
そして、「先入観を持つのはやめよう」とか「人を見た目で判断するのはやめよう」という結論に達したのです。
確かにこの事件は、先入観から罪もない人が殺人犯にされそうな事件でした。
しかし私は、このVTRを見終わったあと、なにか解せないものを感じました。

よく自己啓発系の書籍をみてみますと、「人は見た目が9割」だとか「人間は第一印象で決まる」といったような書籍をよく見かけます。
これはおそらく真実でしょう。
私はこのVTRを見終わったあと、人間というのはいかに日ごろの行いが大事かということを痛感させられたような気がしました。
たしかにあの事件は、先入観による誤解から生じたものです。
しかし先入観というのは、持ってしまうものではありません。
先入観とは人に与えてしまうものです。
そのことは、あの事件をみれば明らかです。
夫はいくら妻の希望とはいえ、30年ものあいだ彼女を外へと連れ出さなかったのです。
てんかんという事情を知らない住民からしてみれば、奥さんが30年間も外出しないなんてなってくると「何かあったのでは?」と心配になってくるはず。
そんな住民の心配を「うるせぇボケ」と跳ねのけたらどうなるでしょうか。
夫がどんなにつらい事情があろうと、住民に対し愛想よく振る舞う努力をしていれば、近所の人だって何らかの手助けしてくれたはずです。
今回のケースでは、タマタマ中のタマタマで良心的な弁護士さんと巡り合えて夫は無罪を勝ち取ることはできました。
しかし巡り合わせが悪く、運悪く実刑食らったって文句が言える立場ではないのです。

そのときの放映では、ゆきぽよとかいうギャル系のグラビアアイドルもスタジオゲストとして出演していました。
あのVTRが終わったあと彼女は、「私もこんな格好しているから、電車の中で携帯が鳴ると、みんな私の方を見るんです」と、先入観によって迷惑ケータイの主犯にされてしまったことを告白していました。
しかし私に言わせると、「そんなチャラチャラした格好しているアンタが悪い」です。
いえ、別にこれは、チャラチャラした格好をするなといっているわけではありません。
ギャル系の恰好するのなら、先入観を持たれても仕方がないということを自覚しておけ、ということが言いたいのです。

最近では、若いアスリートも髪の毛を染める人も増えてきました。
その走りはサッカーJリーグではないか、といわれています。
たしかに、93年のJリーグ全盛期には、それこそ赤やら黄色やら色とりどりの髪型をしたサッカー選手が目立っていました。
そんな中、元日本代表でヴェルディ川崎のスター選手だった武田修宏さんも、髪の毛を染めていた時期がありました。
武田さんはあのときのことをこう振り返ります。
「髪の毛を染めることによって『アイツは恰好だけだ』と思われたくないから、余計に結果にこだわった」
よくアスリートは「気合を入れるために髪の毛を染める」といいますが、これなどは「人は見た目が9割」を逆手に取ったやり方ですね。
18年のW杯で、本番直前で長友佑都選手がいきなり髪の毛を金髪に染めて周囲を驚かせましたが、あれなどはまさしく「人は見た目が9割」を逆手に取った気合の入れ方ではないかと思われます。
その結果、長友選手は日本代表ベスト16に貢献する活躍を見せてくれました。
髪の毛を染めたい人は染めても構いませんが、染めた以上は世間の目はより一層厳しくなるよ、ということだけは覚悟しておけということです。

さて、話を『アンビリーバボー』に戻しましょう。
オオカミ少年はウソばかりついていたせいで、本当にピンチになったときには誰も助けに来てくれませんでした。
『アンビリーバボー』のケースも、これもまったく同じケースです。
日ごろから悪態ばかりついて周りから誤解を受けるような事ばかりしているから、いざとなったときに誰も助けてくれない。
あのケースはまさに、リアルオオカミ少年そのものです。
あのVTRの教訓は「先入観を持つのは辞めよう」ということになっていましたが、それ以上に、いかに日ごろの行いが大事かもくみとらなければならなかったVTRではなかったでしょうか。
そのことが番組内では一切触れられていなかったのが、ちょっと残念です。


曲名:マイ・ジェネレーション/ゴーリキーパーク
スポンサーサイト

tag : テレビ 長文

2019-03-17 14:12 : 雑記 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

私が感じた「反皇室」の実態

先日アップした皇室の記事を書いていたら、ちょっと思い出したことがあったので、今回もそれに関係した記事になってしまいました。

ところで、私はつい最近までは就労先の都合上、どうしてもリベラルと呼ばれる方々と知り合う機会が多い時期がありました。
そんなリベラルな方々の中で「反天皇家」だの「天皇制反対!」だのを堂々と公言したのは、3人だけです。
知り合った10人~15人そこそこで3人というのは意外と少ない方なのでしょうか?
ただしその3人以外の方々も、やはりリベラルだからでしょうか、その思考も反自民、朝日新聞愛読、首相の靖国参拝断固反対、小泉・安倍政権は目の仇、など皆さんが想像されているリベラル像を絵にかいたような方々がほとんどでした。
ところが先ほどの3人、つまり「反皇室」を堂々と公言していた3人というのは、その他のリベラルな方々とは違って、どこか異質といいますか、どくとくのオーラというか"臭い"のようなものを発していました。
その"臭い"とはどういうものかというと、「この世の中で一番影響力を持っているのはこの俺だ」という"臭い"です。
もちろんそのようなことは、直接的に言葉にはしていません。
ただ彼らの口から発するその発言の所々から、さらには態度から、そういう"臭い"がプンプンしましたし、そういうオーラのようなものを感じずにはいられませんでした。
「この世の中で一番影響力を持つのはこの俺」をもっと別の言い方に変えるなら、「真の『キング』はこの俺だ」ということにもつながると思います。
そうです、「キング」というのはこの世の中、あるいは日本という国のなかでは1人しか存在してはいけないのです。
それゆえ「キング」以上の「エンペラー(天皇)」など存在してはいけないのです。
だから彼らにしてみれば、皇室という存在が邪魔で邪魔で仕方がないのかもしれません。
ちなみにその3人とは、当ブログで書かせていただいている体験談の中でも悪役のような形で登場してもらった数名と、ほぼかぶっています。
この3人の「キング臭」に近いものは実際に彼らと直接会わないと感じられないもので、「反天皇家」を自認する文化人などのメディアを通した発言や態度からはあまり感じられません。
もちろん2ちゃんねるなどで皇室の悪口を書きまくっているひねくれものからも、そんな「キング臭」のようなものは感じられません。
「この世の中で一番影響力があるのはこの俺だ」というオーラは、実際に彼らに会って、時間と空間を共有したものでないと感じられないのかもしれません。

ところで、これに関連したことでさらに興味深い体験をしたことが、過去に存在します。
先ほど「反天皇家」を公言した人は3人だと申しましたが、実はもう2人、といいますかもう1組「反天皇家」を公言した人物らと私は接触したことがあるのです。
それは以前、私がスピリチュアルカウンセリングを受けたあの宗教団体を経営していた夫婦です(№120№141を参照)。
あの宗教団体は、まだ出来立てのホヤホヤでしたが、旦那さんが教祖様で、それをサポートする自称霊能者が奥さんです。
彼らの宗派は神道系ですが、天皇家をモロに批判していました。
その一方で彼らは、とても興味深い話もしてくれました。
その彼らによると、そもそも古代の天皇とは、自分の身体に神を降ろしてその神の御言葉を大衆に伝える役割だった、ということらしいのです。
そういう役割を何代も続けてきたのですが、ある代から突然、パタリと神が降りなくなったんだそうな。
これに困り果てた周囲は、「それじゃあそのシステムだけ残しましょう」ということで現代に至ったのが天皇家だとか。
ところがその霊能者曰く、その天皇家に降りなくなった神が、突然ある人物の体に降りてきて人々にその御言葉が伝えられるようになった、というんです。
その人物とはずばり「私」、すなわちその霊能者の奥さんだということです。
もはやここまでくると、先ほどの3人の「キング妄想」の究極の形、とも言えなくもないです。
ただ、その古代天皇家の役割に関しては、説得力がないわけではないですが。

ところで、私の近所にはリタイア組で年配のK党の党員の方が住んでおられるのですが、その方は支部長さんか何かをやっておられるのでしょうか、その方に自宅には、同じくリタイア組のK党の方々がよく出入りするらしいです。
母はちょくちょくその方々を見かけるらしいのですが、母が言うにはリタイア組のK党の方々の態度というのがかなり横柄らしいです。
その態度は、「この世の中を動かしているのは俺たちだ」と言わんばかりだとか。
こんなことを書くと失礼に当たるかもしれませんが、リベラルも、それを極端に極めてしまうとそうなってくるのでしょうか。
かつて赤軍派などは身内同士で殺し合った、ということらしいですが、なんだかそれもわかるような気がします。
「真のキングはこの俺だ」「俺こそ世界一影響力を持つ男」といった連中が集まれば、お互いがお互いを邪魔になって殺し合うのに決まってますから。
ちなみにではありますが、私の唯一の友人ともいうべき人物というのが、その以前の就労先で知り合ったリベラルの方です。


曲名:ラブ・アンド・プライド/キング

tag : 皇室 スピリチュアル

2019-03-09 20:14 : 雑記 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

これ、絶対に事故るよ



ちなみに、ロシアの道路らしいです。

tag : 動画

2019-03-06 19:45 : 雑記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

未来人(みらいびと)・皇后美智子様と現代人(げんだいびと)・皇太子妃雅子様



皇后美智子様はもしかしたらタイムマシーンに乗って現代に来られた未来人(みらいびと)ではないか、と思ってしまうことがよくあります。
皇太子時代の今上陛下は、そんな未来人としての美智子様の魅力にひかれて、ご結婚を決意された。
と、そんなファンタジーにもならない妄想なんて書いてしまったら、こっぴどく叱られるかもしれません。
しかし、美智子様の皇后としての過去から現代までの立ち振る舞いを見ていたら、本当にそう思えてくるのです。

ところで先日、これまた母から聞いた話なのですが、何でも皇太子妃雅子様は次期皇后を継ぐということで、そのプレッシャーからかまた体調を崩されているそうです。
それはそうかもしれません。
一般の家庭から皇室に嫁ぐというだけでも大変なのに、そのうえアノ皇后陛下である美智子様の後を継がれるのです。
そのプレッシャーたるや、計り知れないものがあると思います。

現在の皇太子・徳仁親王は妃選びの際、「新しい皇室像」「開かれた皇室像」ということで、国際感覚に優れが雅子様を選ばれました。
ところがどっこい、皇太子様が望まれた「新しい皇室像」というのは、現在の美智子様があっさりと実現されてしまっていたのです。
美智子様の皆が知る数限りないエピソードというのは、まさに皇太子様が求められた「新しい皇室像」そのものなのです。
母はよく言います。
「美智子様は皇后(伴侶)としては出来すぎた。その後を継ぐ雅子様は、何かと比べられて大変だ」と。
そう、美智子様の「新しい皇室像」というのは、50年先、100年先、いえもしかしたら200年先を飛び越えたものかもしれません。
本来であれば、ああいう「新しい皇室像」というのは、一代一代かけてじっくりと築き上げていくものです。
ところが美智子様はそれをあっさりと実現されてしまった。
はっきり言って、あれ以上のことを雅子様に求めるのは酷な話です。

明治天皇の玄孫であり皇室事情にも詳しい竹田恒泰さんは、「御公務は何も夫婦そろってやる必要はない」とおっしゃっていました。
言われてみれば昭和天皇が夫婦そろって御公務されていたところは、あまり記憶にありません。
外出されているときの映像などは、ほとんどがお一人だったような気がします。
ということは、雅子様とて同じことです。
今上天皇と皇后様が夫婦そろって御公務に出かけられたからと言って、皇太子様らがそれに倣う必要はないのかもしれません。

やっぱり美智子様はタイムマシーンに乗ってこられた未来人です。
そんな未来人である美智子様だからこそ、一世代も二世代も飛び越えた皇室像を実現されたのだと思います。
徳仁親王・雅子様の代からは、一から仕切り直しです。
せっかく美智子様が「新しい皇室像」としての道を示されたのだから、これ以上の良いお手本はありません。
これからはそのお手本に向かって、ゆっくりゆっくりと進んでいきましょう。
あせる必要はありません。
そして、この先50年100年かかってもいいから、美智子様にゆっくりと追いつこうではありませんか。
私たち国民とともに。

↓皇室特番などのBGMでよく使用される曲です。近鉄特急でも使用されているとは知りませんでした。

曲名:組曲『水上の音楽』より「アラ・ホーンパイプ」/ヘンデル作曲

tag : 皇室

2019-02-28 20:00 : 雑記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

実は見過ごせないジェネレーションギャップの話(長文)



ご存知の方はご存知かと思いますが、「炎の講演家」として知られる鴨頭嘉人さんによれば、70代以上、60代~40代、30代以下では、その人生における価値観が違うそうです。
そもそも価値観とは、その人が育った環境や人生の体験によって作られるのだそうです。
ですから、厳密に言えば個人個人それぞれ価値観が違って当たり前なのですが、あえて世代ごとに大きく3つに分けるとこうなるのだそうです。
では、それぞれの世代の価値観を鴨頭さんの見解から見ていきますとどうなるか?

続きを読む

tag : 教育 鴨頭義人 長文

2019-02-23 20:13 : 雑記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
ホーム  次のページ »

プロフィール

かんた

Author:かんた
軽度の発達障害。
それに伴い中度の社会不安障害を誘発した模様。

タグランキング 50

メール

gadget10.png

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR